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前回はプロ野球名将たちのマネジメントスタイルとCMMI組織成熟度モデルを重ねてみました。どの世界でもトップマネジメントの仕事はハードですよね。
さて、今年も数々のドラマを生んだ夏の甲子園(第95回全国高等学校野球選手権大会)は前橋育英高校の初優勝で幕を閉じました。今回のブログは高校野球がテーマです。高校野球とマネジメントと言えば、「もしドラ」が大ヒットしたことが記憶に新しいですねえ。高校野球の女子マネージャーである川島みなみが、ピーター・ドラッカーのマネジメント理論を活用して、野球部を甲子園出場に導きます!(※1)
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プロ野球のリーグ戦とは異なり、高校野球の地方大会は1試合でも負けたら即「甲子園への道」が閉ざされてしまうトーナメント制であり、超ハイリスクのプロジェクトと言えるでしょう。実際、プロ注目の松井裕樹投手を擁する桐光学園が神奈川県大会の準々決勝で敗退するなど、成功への道はものすごく遠く感じます。
それでは甲子園出場を目標とした「甲子園への道・プロジェクト」の成功確率はどれくらいでしょうか?
<地方大会出場チーム数から見た成功確率>
たとえば、うちの長男の高校が所属する東東京大会の場合、参加校は139校。全てのチームが甲子園を目指すでしょうから、成功確率は単純に考えて139分の1で、なんと0.72%しかありません!
<名門早稲田実業の成功確率>
東京地区で夏の甲子園出場回数が最も多いのは現在西東京に所属する早稲田実業で、全95回のうち28回出場しています。名門早稲田実業でさえ、「甲子園への道・プロジェクト」の成功確率は30%未満です。
ん?こう考えてみると、システム開発プロジェクトの成功確率が30%程度という数字は、まあまあって言えるのでしょうか???
少なくとも「甲子園への道・プロジェクト」に比べれば、システム開発プロジェクトを成功に導くことなんて、ものすごく簡単なことだと感じてきませんか?
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――― ここで、プロジェクトマネジメント研修を受けてきたばかりの、いつもは歯切れの良い新人P子さんが何か悩んでいるようです。実は新人P子さんは「もしドラ」の川島みなみにあこがれて、世の中のシステム開発プロジェクトの成功確率を向上させたいという思いで、この世界に飛び込んできたのです。
<新人P子さん> : 「甲子園への道・プロジェクトは『ハイリスク』とか普通に言ってるけど、研修で学んだ『プロジェクト・リスク』の定義となんだか意味していることが違う感じ。いったいどういうことかしら?」
――― 長年現場でプロジェクトと戦い続けてきたベテランPMのM男氏は、少しいらついた様子で何か言いたそうです。
<ベテランPMのM男氏> : 「甲子園がどうとか、リスクの定義がこうとか、現実のプロジェクトを知らない連中が言っていることに惑わされちゃいかん!とにかく俺の経験と勘に基づいて引いたスケジュール通りにプロジェクトを進めれば良いんだ!何か問題が起きたら、どう対処したらいいか俺が指示するから、余計なことは気にするな!」
・・・おやおや、どうやら「プロジェクト・リスク」については、未だに現実のプロジェクトではうまくマネジメントされていないのでしょうか???
そういえば我々がご支援させて頂いたプロジェクトでも、概ね「リスク一覧表」は作成されていましたが、ちょっと首をかしげてしまうような内容も見受けられました。
たとえば、こんなこと。(※2)
A.プロジェクト計画時点で作成したリスク一覧表が、プロジェクト実行段階で全く更新されていない。
B.既に顕在化したリスクに対して、予防対策の実施状況がいつまでも更新され続けている。たとえばよくある「仕様変更多発リスク」の「予防対策欄」に最新状況として以下のような記載がされているなど。
「 変更管理ルールを厳格に適用する。現在の仕様変更対応状況は以下の通り。
◆仕様変更総数 :50件
(対応状況内訳)
・追加費用で対応:10件(勝ち)
・無償で対応 :10件(敗け)
・次期開発回し :10件(勝ち)
・調 整 中 :20件
(今後の対応予定)⇒8月末までに全件(勝ち)になるよう調整する。 」
C.リスクが顕在化しているかもあいまいなまま、予防対策の実施状況がいつまでも更新され続けている。たとえばよくある「品質リスク(障害多発等)」の「予防対策欄」に最新状況として以下のような記載がされているなど。
「 各テスト工程の不具合密度により品質を評価。現在の品質状況は以下の通り。
・単体テストの不具合密度:目標 10件/KS ・ 実績 20件/KS
・結合テストの不具合密度:目標 3件/KS ・ 実績0.6件/KS
・総合テストの不具合密度:目標0.5件/KS ・ 実績 4件/KS
(今後の対応予定)⇒目標値の妥当性を見直し、必要に応じて目標値を変更する。」
・・・
確かにここにあげた例は何かおかしいですね。
端的に言えば、
Aは、リスクの監視・コントロールがされていない
Bは、問題・課題とリスクの混同
Cは、トリガーポイント(リスク顕在化の判断基準)と発生時対策が不適切
であり、どれも「しっかりとリスクマネジメントしている状態」とは言えません。
また、新人P子さんが言うように「仕様変更多発リスク」や「品質リスク(障害多発等)」というときの「リスク」と、「甲子園への道・プロジェクトがハイリスクである」というときの「リスク」が示すニュアンスは確かに異なるように感じます。。。
こういうときは、まず「プロジェクト・リスク」とは何か?その定義を明確にしておく必要がありますね。
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「リスク」という用語は、ご存知の通りいろいろな意味を含んでいます。一般的には単に危険のことをリスクと呼んだり、金融リスクや災害リスク、労務リスクなどそれぞれの専門分野でもさまざまな意味で使われています。(※3)
本ブログで扱うのはあくまでも「プロジェクト・リスク」です。もちろん「甲子園への道・プロジェクトはハイリスクだ!」という場合の「リスク」も含まれるはずです。
さあ、前提はこの辺にして、「プロジェクト・リスク」の定義を見てみましょう。出展はPMBOKです!(※4)
<PMBOKガイド第4版 用語集P466>
「リスク(Risk).もし発生すれば、プロジェクト目標にプラスあるいはマイナスの影響を及ぼす、不確実な事象あるいは状態。」
さあ、どうでしょう?「発生」「プロジェクト目標」「プラスあるいはマイナスの影響」「不確実」「事象」「状態」・・・うーん、どの言葉もあらためて言われると何を示しているのかピンとこない感じですねえ。。。
では、もうひとつの定義を紹介してみます。「プロジェクト管理の権威」であるトム・デマルコ氏とティモシー・リスター氏の共著『熊とワルツを~リスクを愉しむプロジェクト管理』からの引用です。この文献ではリスクについて、第2章で「暫定的な定義」が紹介され、第11章で「再定義」されています(※5)
<第2章 暫定的な定義>
「リスク〔名〕
1.将来起こりうる出来事で、望まない結果を生むもの。
2.望まない結果そのもの。」
<第11章 再定義>
「リスク〔名〕
考えうる結果と、それによる影響をあらわす加重パターン。」
うーむ!暫定的な定義の方ならまだしも、再定義の方は何のことやら。。。こんなことだから、新人P子さんは考え込んでしまうし、ベテランPMのM男氏は理論を避けてしまうのでしょうか・・・
さあ、次回はいよいよこの得体の知れない「プロジェクト・リスク」の定義について、踏み込んで行きたいと思います!
それでは次回もお楽しみに! < 前回 | 目次 | 次回 >
工藤武久
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※1 「もしドラ」については、以下参照。
・岩崎夏海(2009)『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』ダイヤモンド社
・「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』2013年7月24日 (水) 15:14 UTC
http://ja.wikipedia.org/wiki/もしドラ
※2 ここにあげた具体例は架空のプロジェクトのものであり、実在のプロジェクトのものではありませんのでご注意願います。
※3 「リスク」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』2013年5月12日 (日) 12:27 UTC
http://ja.wikipedia.org/wiki/リスク
※4 Project Management Institute, Inc.(2008)『プロジェクトマネジメント知識体系ガイド(PMBOK®ガイド)』(第4版)Project Management Institute, Inc.
※5 トム・デマルコ、ティモシー・リスター、伊豆原弓訳(2003)『熊とワルツを~リスクを愉しむプロジェクト管理』日経BP社