DX(デジタルトランスフォーメーション)推進コンサルティング 株式会社アイ・ティ・イノベーション

menuclear
ホーム > ブログ > 松井淳の記事一覧 > データモデルで語るビジネスの物語 ~抽象から描くリアルな未来図~


データモデルで語るビジネスの物語 ~抽象から描くリアルな未来図~


Slide
お客様の事例から学ぶDX
2025年2月26日(水)15:00〜17:15

「データモデル」。この言葉を聞くと、技術的で複雑な図表を連想する方も多いかもしれません。しかし、私が普段携わっているエンタープライズアーキテクチャ(EA)の現場では、この「データモデル」が実は思いのほか“ビジネスの物語”と強く結びついていると感じています。システム間のやり取りやデータフローを整理しているうちに、企業がどのようにビジネスを進め、組織の中でどんな価値を紡いでいるのかが浮かび上がってくるのです。今回は「データモデルで語るビジネスの物語」と題して、私が日頃感じているデータモデルの本質的な価値や、そこから得られる気づきについて考察してみます。技術的な視点だけでなく、「ビジネスをどう描き、どう変えていくのか」を意識しながら読んでいただくと嬉しいです。なおここで取り上げる「データモデル」とはエンタープライズモデルを対象とします。エンタープライズモデルについては、過去ブログ記事で解説していますので興味ある方はそちらも参照ください。

***
<データモデルから見えてくる“企業の姿”>
データモデルを作るとき、最初に意識するのは“どのエンティティ(ものごと)”を“どんな関係で”描き出すか、という点です。これだけ聞くと、大きな表に項目が並ぶ、あるいはエンティティ同士を線で結んだ図をイメージするでしょう。確かにそうした技術的表現は必要ですが、その背後には「われわれのビジネスはどのように回っているのか」という問いが常に潜んでいるといえます。

たとえば、顧客情報や取引先、商品、契約、請求といったカテゴリーを整然と配置するだけでは、本来の狙いである「この企業がどんな価値を創出しているか」は、なかなか浮かび上がりません。ここで大事なのは、“関係性”という観点です。「どの部門が、どのタイミングで、どんなデータを必要としているのか」「あるデータが各部署間をどのように横断しているのか」といった流れを追うことで、実はその企業が“何を大事にしているか”を探る糸口になります。
私の経験上、データモデリングのワークショップを行うと、ステークホルダー同士で「あれ、このプロセスは誰が本当の責任を持つの?」「あの書類は事実上の形骸ではないか?」といった発見がよく飛び出してきます。こうした気づきこそが、ビジネスの本質に迫るためのヒントになっていくのです。なぜなら、そこに業務やデータの“歪み”や“滞り”が見つかるからです。

このようにデータモデルは、単なる“技術図面”ではなく、企業の日々のやり取りや、意思決定がどんな情報を基盤として成り立っているかを可視化する「物語の台本」としての側面を持ちます。しかも、この台本は世に一つしかないわけではなく、その企業のビジネス現場ごとに、あるいは時間軸によって何度でもアップデートされていくものです。
ここでお伝えしたいメッセージの一つは、「AsIs分析は価値を生まない、と言われがちだが、実りある楽しいものにしよう!」という考え方です。データモデルを描くと、思わぬ発見がいくつも飛び出し、そこから組織の隠れた課題や、新しいビジネスの着想が芽生える場合も少なくありません。まさに、データモデルを通じて企業の“現状の物語”を描き、それを基にTOBE(未来図)を構想するステップこそが、ビジネス変革への入り口といえます。

<モデルが“抽象”を超えて語り始める瞬間>
よく言われるように、データモデルはあくまで「抽象化された表現」です。しかしながら、ただの抽象にとどまるなら、それは資料棚に眠る存在になりがちです。本当に重要なのは、モデルが“語り始める”ことで、組織が「そうか、ここを変えればいいんだ」「この業務プロセスとあのデータは実はこんなにつながっていたのか」と気づく瞬間です。
私がたびたびコンサルの場で感じるのは、「モデルが抽象を超えて“語り”始めたとき、変革は動き出す」ということです。モデリングをしている最中にステークホルダーの方から出る一言や、モデリングの“抜け・漏れ”を補完する雑談の場などで、全く予期していなかった化学反応が起こることはよくあることです。

たとえば、ある企業では部門間のデータ重複と不整合に長年悩まされていました。そこでAP鳥瞰図や概念データモデルを作ってみると、実は「新商品投入の際に、営業部門とプロダクト管理部門が管理する“商品コード”が微妙に違う管理方法だった」という事実が判明します。結果、データベースで同じ製品が二重管理されているわけです。実は、この企業では「商品」はビジネス上の命脈を握るデータであるにもかかわらず、複数のローカル管理が当たり前になっていたわけです。こういうことは、多くの企業で起こっている状況だと思います。もし当初からデータモデルを軸に、業務プロセスの流れと責任範囲をしっかり整合させていれば、こうしたカオスはかなり早期に解消できたはずです。このケースでは、「商品」というエンティティそのものを深掘りしたことが突破口となります。そして、共通マスタを整備しコード体系を意図的にシンプル化することで、関連作業の手戻りが激減し、業務効率を具体的に改善するための道筋が見えてきます。この例は「商品」だけの話ですが、現実の企業活動においてはあらゆる主要データが洞察の対象たりえます。それゆえ、エンタープライズデータモデルが必要となるわけです。

ここから見えてくるのは、データモデルは“抽象”に見えて、実はビジネスのごくリアルな“語り”を促す手段だということです。言い換えれば、データモデル上の一本の線や一つの属性定義が、ステークホルダーそれぞれの課題意識とリンクすることで、初めて「私はここを改善したい」「このルールはこう変えるべきだ」という具体的なアクションにつながるのです。

<未完成のTOBEが未来を拓く>
データモデルを使った変革を進めていく上でのポイントをまとめてみます。一般的な直観に反するかもしれませんが、私が大事と考えていることは、「TOBEアーキテクチャ(未来図)は完成し切らないほうがいい」というスタンスです。企業は生き物であり、市場状況や組織文化が常に変化するからこそ、あらかじめ描いた完全無欠のゴールには到達し得ないのが常です。だからこそ、常に“現状の可視化”と“将来像のアップデート”を行き来するサイクルこそが重要なのです。

この観点からいうと、データモデルもまた同じ運命をたどります。一度定義したマスタデータや属性構造が、数年後にはまるでビジネス要求とフィットしなくなることも珍しくありません。むしろ、企業として進化している証拠と捉えるべきでしょう。そのため、データモデルを運用し始めたからといって「これでもう大丈夫」と安心するのではなく、新規プロジェクトやプロセス改善のタイミングで意図的に再点検する習慣をつけるのがおすすめです。
さらに、昨今のソフトウェア開発の世界では当たり前となった感のある「疎結合」「継続的なデリバリ」「自律的な組織文化」という視点は、データモデル運用でも有効です。システムの共通マスタを強引に中央集権化しすぎると、かえって変化に対応しづらくなる可能性もあります。大枠の整合性は保ちながら、個々のプロジェクトが自律的・段階的にデータモデルを洗練させていける土壌を作ることが、企業の柔軟性を高めるカギと言えます。この中央集権と自律分散のバランスを取るというアプローチが、DX時代と言われる今にこそ必要な考え方と言えるでしょう。

要は、データモデルは巨大な成果物にしすぎないほうが、結果的にその価値が長続きするということです。私自身、「全社統一のデータモデル」を一気呵成に完成させようとして挫折したお客様を過去に見てきました。いま振り返ると、完璧なモデルを急ぎすぎたせいで、現場の当事者がモデルに“自分たちの物語”を見いだす前に息切れを起こしてしまったことが理由の一つに思われてなりません。やはり、データモデルは企業の物語を映し出し、それを日々少しずつ更新していく“生きた台本”のように扱うのが最善だと思います。

***
今回は「データモデルで語るビジネスの物語」という視点で、私が日頃考えているデータモデリングの魅力と、その実践による変革の可能性を考察しました。冒頭でも触れたように、データモデルが単なる図表の枠を超え、企業や組織の歴史や未来を“語り”始めたとき、そこで初めて大きなうねりを生むのだと思います。そして、その物語が企業全体のコンセンサスとなり、新しいプロジェクトやサービスを生み出していく。あるいは、今まで誰も気づかなかったコストロスや機会損失を解消していく。そんなときこそ、データモデルは“血流”として組織を動かす役割を果たすのでしょう。本プログ記事が、みなさんのビジネスやシステム開発に少しでもプラスのヒントになれば幸いです。

| 目次

採用情報
PM-waigaya
PM-WaiGaya
コンサルタントのトーク動画
PM Weekly Talk
PM Weekly Talk
コンサルタントが語る「PMBOK®12 の原理・原則」

Profileプロフィール

Avatar photo
松井淳
1990年よりシステムインテグレータにて、レガシーからオープンに渡る幅広い技術と、企画から運用に至るシステムライフサイクルでの経験を有するオールラウンドアーキテクトとして、数多くの大規模プロジェクトを技術面で主導。 2019年からアイ・ティ・イノベーションにてコンサルティング活動を開始。 Iasa日本支部代表理事、PMI日本支部会員、IIBA日本支部会員、ITコーディネータ協会会員

Recent Entries最近の記事

【ITIForum2025】お客様の事例から学ぶDX
詳細はこちら
お客様の事例から学ぶDX