本稿は、2021年12月9日開催ITIフォーラム2021「イノベーションに終わりはない!企業変革とDXをB2C企業から学ぶ」にて事例講演をいただきましたフェリシモ様に、「顧客と『ともにしあわせになるしあわせ』〜経験価値の進化、IT部門の変革〜」と題したご講演を再構成いただきました。弊社がコンサルティングでご支援いたしましたお客様になります。
サブスクリプション事業の本質はお客さまと「ともにしあわせになるしあわせ」継続的な顧客体験の進化に貢献するIT開発のマインドセット
株式会社フェリシモビジネスプラットフォーム本部取締役吉岡哲様
【筆者 プロフィール】
株式会社フェリシモビジネスプラットフォーム本部取締役吉岡哲1995年株式会社フェリシモ入社。以来様々な新規事業やプロジェクトの立ち上げを経験。2008年に社長室長に就任し経営全般に関わった後、モノからコトへ、に価値形態をシフトする新事業や、「定期便」のアップデートプロジェクトに取り組み、2020年より現職。物流部門と情報システム部門を統括する責任者としてプラットフォームの改革に取り組む。
継続的に利益をあげられるビジネスモデルとしてサブスクリプション事業に注目が集まっていますが、その本質は、お客さまとのつながりをどう創り続けられるかという点にあります。
株式会社フェリシモは「ともにしあわせになるしあわせ」という価値観で、お客さまとの継続的なつながりをベースにした様々な活動を展開しています。今回はその視点で、「顧客体験を進化させる方向性」と「その進化にITが貢献するために必要なマインドセット」という2つについてお伝えします。
サブスクリプション事業の本質は、お客さまと「ともにしあわせになるしあわせ」
今回のフォーラムのキーワードである「企業変革」や「DX」の目的は、社会を良くしていく事。平たく言うと「誰かをしあわせ」にする事です。
「企業変革」やその手段として「DX」を考える際は、「誰」をしあわせにするか、という事を軸に考える必要があります。「お客さまのしあわせ」やその先の「社会のしあわせ」のために新しい提供価値を創るのか、「社員のしあわせ」または「取引先のしあわせ」のために業務プロセスを改善するのか、その軸を決めると考えやすくなります。
サブスクリプション事業に新たに取り組むという場合は、「お客さまのしあわせ」を軸に提供価値をどのように進化させるかを考える事が軸になります。単純な「定期購入のしくみ」と考えてしまうと、「解約のしづらさ」がかえって不満につながったり、飽きられてしまったりします。
フェリシモは、長年「定期便」という販売方法に取り組む中で、サブスクリプション事業に求められる価値を提供しようとしてきました。それは「お客さまとの継続的で発展的な価値」です。
フェリシモの定期便では、月1回「商品とともにカタログをお届けし、次の月のご注文をいただく」というサイクルでお客さまと継続的な関係性を創り出してきました。毎月商品をお届けするのは、消耗品などの一般的な定期購入でも同じですが、大切なのは、お客さまとの大切な接点となるこのタイミングで、どんな提案ができるかという事です。
たとえば、フェリシモの「500色の色えんぴつ」という商品は、500色という普通にはない色数の多さによる驚きだけでなく、1色1色につけられた独特の名前、揃えていくとインテリアにもなる提案、20本ずつ25ヵ月かけてお届けする販売方法などの特徴を持っています。
また「セクシー大根抱き枕」という商品は、ひと目で伝わるビジュアルインパクトとユーモア、「えっ」と驚きながらも購入して体験したくなるエンターテイメント性が特徴です。
商品やブランドに世界観やビジュアルが大切な事は、単品販売でも同じですが、定期便やサブスクリプション事業においては、お客さまとの継続的な関係性を前提にした、時間軸を伴った提案や、飽きさせないための工夫がポイントになります。
定期便やサブスクリプション事業でお客さまと継続的に関わり続けるという事は、お客さまの生活と人生に関わるという事です。その中でお客さまと「ともにしあわせになるしあわせ」をめざして、長年事業を続けていくと、お客さまとの間に様々な体験と物語が生み出されていきます。フェリシモでは、どんな物語が生まれているのか、こちらのドラマ仕立ての動画をぜひご覧ください。
⇒動画:また来月ね「親子をつなぐもの」
サブスクリプション時代に「お客さまとのつながり」はどう進化する?
WEB、スマホが暮らしの当たり前になる事で、B2Cビジネスの「お客さまとのつながり」も進化し、サブスクリプション流行りのベースになっています。
フェリシモにおいても、「お客さまとの継続的で発展的な価値」という本質は変わりませんが、その価値を実現する方法に「お客さまと社員がともに」という方向性が生まれています。
近年は部活という形で「猫部」「女子DIY部」「おてらぶ」などの部活を立ち上げているのですが、部活は、社員が所属している部門の業務に関わらず、「猫好き」「DIY好き」「お寺好き」など、自分の「好き」を前提に活動を始めて、同じ「好き」を共有する社内の仲間、そしてお客さまと活動をしていく形態です。「お客さまのしあわせ」をフェリシモが提供するという関係から「社員とお客さまがともにしあわせを創り出していく」という関係に進化してきています。
社員がお客さまと共創する事で、たとえば猫部であれば、単なる猫好きのコミュニティではなく、いっしょに「猫と人がしあわせに暮らせる社会」を目指していくという目標を共有した活動体になっていきます。
部活によるお客さまとの関係や経験価値の進化には、3つのポイントがあります。
1つめは、「“好き”や“したい”から始まる」です。「今これが売れているから」とか「売上を伸ばすため」といった企業視点ではなく、個人の“好き”や“したい”から始める事で、社員とお客さまのしあわせが重なる領域から活動を始める事ができます。
2つめは、「商品起点から活動起点へ」です。商品やその販売は、“好き”や“したい”の実現の一部分です。様々な活動を商品を売るための要素として捉えるのではなく、活動プロセス自体の価値に焦点をあてる事で、お客さまと同じ目線に立つ事がポイントです。
3つめは、「囲い込むから集まるへ」です。長年B2C企業は、ポイントサービスなどを使ってのお客さまの囲い込みに注力してきました。お客さまとの強い関係性を保つ事の重要性は変わりませんが、今は、主導権がお客さま側に移っており、お客さまが自ら集まってくるような吸引力のある魅力づくりが重要になっています。この事は、SNSなどでの直接発信を始めた企業の方は実感されているのではないでしょうか。
前半のまとめ
- サブスクリプション事業は、お客さまと「ともにしあわせになる」事が目的。継続的な関係性を前提にした、時間軸を伴った提案や、飽きさせないための工夫がポイント。
- サブスクリプション時代になり、お客さまとのつながりは、「ともにつくっていく」という方向へ進化している。
ITとビジネスのしあわせな関係は?
前半で、サブスクリプション事業はお客さまとの継続的な関係性を前提に、しあわせを「ともにつくっていく」事がポイントというビジネス領域の話をしました。
一方で、今のWEBを中心としたサブスクリプション事業の実現には、様々なITの活用が前提になっています。後半では、サブスクリプション事業をはじめとするビジネスの進化にITはどう関わるのが良いかという話をします。
私は、長年、ユーザー側で、事業を実現するための手段としてITを考えてきました。そのプロセスで、要望をIT部門、IT会社の人にぶつけると、思いもよらぬ方向から返答があり、目からウロコな事が良くありました。もちろん「簡単にできると思っていたけれど、システム的にはすごく大変な事らしい」というネガティブな気づきの場合も多くありますが、時には考えてもいなかった解決方法が提示される事もありました。
建築やデザインの世界では「形態は機能に従う」という言葉があります。過度な装飾や創り手の表現を重視したデザインではなく、使い勝手など機能面を上位に置いて形を考える視点です。
一方、「尖った石を見つけてナイフのように使う」などのように、形から機能が発見されるという逆側の視点もありえます。実際には、いったりきたりしながらデザインが進化していくのではないでしょうか。
この2つの視点は、ITとビジネスの関係にも当てはまります。営利企業では基本的にビジネスで収益を上げる手段としてITを導入するので「ITはビジネスに従う」が一般的です。弊社でも情報システム部門は、事業部門からの依頼を受けてシステムの構築や改修を行う事が基本になっています。
当然IT部門は、事業が要求する機能を満たす仕様を開発していく事になります。ですが、システム化が進むと、今度は、事業部門はそのシステムの制約に沿って事業を考えていくようになります。安定稼働という意味では良いのですが、下手すると停滞にもつながります。そこを打破するために、逆にIT側から発想する、提案するという姿勢があると、尖った石からナイフを発見するように「おぉ、そういう手があったか」「そんな事もできるのか」と、ビジネスが次のステージに進むきっかけにもなります。
商品開発には「マーケットイン」と「プロダクトアウト」という考え方があります。モノ不足だった戦後の高度成長期に中心的だった「プロダクトアウト」からの脱却という意味で、「プロダクトアウトではダメでマーケットインでないといけない」「マーケットのニーズを捉えて企画しないといけない」という言い方もよく聞きますが、マーケットニーズというのは、すでにある商品への反応なので、冒頭で紹介した「500色の色えんぴつ」や「セクシー大根抱き枕」のような商品は、お客さまに欲しいものを聞いても出てきません。実際には「マーケットイン」と「プロダクトアウト」は両方必要な考え方になります。
ITとビジネスの関係も同じで、手段であるIT側から「しあわせの種=新しい目的」が生まれる可能性もあります。「社会を良くするためにビジネスがあり、ビジネスを実現するためにITがある。」という事を基本としつつも、「実現」のために欠かせない手段であるIT側からの視点と、ビジネス側からの視点の「いったりきたり」を繰り返して進化させる事ができる境界型人材、組織がITとビジネスのしあわせな関係のために必要です。
ITとユーザーのしあわせな距離は?
ユーザーとテクノロジーの関係については、その距離感という視点も重要です。
たとえばモビリティ(移動)という分野のテクノロジーは、自転車から自動車へ、そして高度交通システムへと発展してきました。自転車は人が使いこなす「道具」の感覚がありますが、自動車になると「機械」という感覚になり、人が合わせないといけない事も増えてきます。さらに高度交通システムになると、一人ひとりのユーザーはそのシステム全体を円滑に機能させるために従う存在になります。
便利になる一方、ユーザーとシステムを創る側は疎遠になっていきます。自分が便利になると思って作った「道具」が、段々巨大化して複雑になり、自分が「機械」や「システム」に縛られてしまうというのは近代化の問題の一つです。
一方で、近年急速に進化したITの世界では、登場した時は巨大なシステムとして、限られた人にしか使えなかったものが、パーソナルなものになり、さらに手のひらに収まって随時持ち歩くものになり、手元で使える「道具」になっています。近年良く聞く「データの民主化」「AIの民主化」といった話はこの方向への進化と言えます。
システム開発をする際に、ユーザーとシステムの距離感という視点で、「手の届かないところに行ってしまいそうなテクノロジーをどう人の手と人の心に繋ぐか」という課題を設定すると「人がやるべき事に集中できるツール」「ユーザーがパワーアップした感覚になれるツール」「作業している事が楽しくなるツール」など、「ユーザーをエンパワーメントする」方向性が見えてきます。そして、ITのアーキテクチャにもそれらを可能にする柔軟性が求められます。
IT技術者と生活者の目線を揃える
社会が豊かになるとともに分業化が進み、「働く」と「暮らす」という事も分離してきました。でも、もともと「自分」は一つであり、一人の人間として働くときの感性や思考も、暮らすときの感性や思考も両方持ち合わせています。
ユーザー(生活者)の視点とIT技術者の視点が食い違う、話が噛み合わないという事が現場では良く起こります。しかし、IT技術者も普通の生活をしているので、実は、日常、自分がスマホのアプリを使う時に使いやすいか、使いにくいかという視点も持っているわけです。
「働く時のシステムを創る視点」と「暮らしている時のアプリを使う視点」の両面を自分目線として考えられる事は、IT技術者ならではの強みになります。
システム開発においては、「データ」と「価値」が重なりあう領域であるUI/UXを、開発側と事業側がいっしょになって考える事が役に立ちます。
近年UI/ UXという視点が広まり、WEBの開発をするIT技術者の方からユーザー体験へのカウンター提案をもらえたり、双方でディスカッションする中でより良い方法が見つかる事などが増えてきているように感じています。企業内のIT部門と事業部門はもちろん、IT企業と事業会社の間の対話や共創の重要性もますます高まっていきます。
後半のまとめ
- ITとビジネスの視点をいったりきたりできる複眼思考をもった境界型人材、組織が大切。
- ユーザーをエンパワーメントする方向にITツールを進化させる。
- UI/UXを起点に自分目線で、IT部門と事業部門、IT会社と事業会社が対話し共創する。
サブスクリプション事業は、企業がお客さまとともに、より良い社会を創っていくためのインフラとなれる可能性を持っています。
フェリシモも長年、「定期便」という事業を軸に生活者の方々と継続的な関係を大切にしてきました。その関係性を強みとして、さらに様々なビジネスパートナーの方々とのコラボレーションを通じて「ともにしあわせになるしあわせ」を拡げていきたいと考えています。
近年、製造メーカーやB2B事業の会社が、B2Cに取り組むケースが増えていますが、B2C事業を継続的に発展させている企業は、B2C感覚を掴むために様々な工夫をされています。フェリシモもサブスクリプション事業に関するコンサルテーション及びオペレーション支援事業「EIZOKU」でそのお手伝いができます。サブスクリプション事業にご興味のある方は、ぜひお声をおかけください。