[執筆:田中 静]
インドのスタートアップ企業への投資競争は、今年に入って乱高下しながらも着実に新たな展開を見せています。インド官民による支援の強化はもちろんですが、それ以上に目立っているのは、米中企業の対印投資のつばぜり合いです。
◆インドのシリコンバレーは新たなステージへ
現地の動きでこの間、興味深いのはスタートアップ支援それ自体が新たなビジネスとして成熟してきたことです。例えば、「インドのシリコンバレー」ベンガルールで2014年11月に設立されたスタートアップ支援のインキュベーター「BHIVE Workspace」は極めてカジュアルなかたちでスタートアップを支援しながら、ベンガルール起業文化の代表企業に成長しています。同社はインディラナガール、コラマンガラといった同市内の好ロケーション4か所でいわゆる「貸しオフィス」事業を展開しています。デスクスペースの最低料金が月5000ルピー(約8000円)という手軽さや、瀟洒な一軒家を利用したシェアハウス的なカジュアルさが受けて、現在は100社近くのスタートアップ企業が同社のオフィスを利用しています。
こうしたインフラ以上に重要なのは、会員企業と欧米企業現地支社トップたちとの交流イベントを定例で行っていることです。現地の若い人材と同市の外資系企業役員を繋げることで新たなビジネス・投資の契機を作り出していることが、BHIVE Workspaceの成功に繋がっているわけです。ちなみに同社最大のオフィススペースであるHSR Layout Sector 6(コラマンガラの南郊外)のオフィスビルの別階には日本のNECのオフィスがあり、同社も会員企業に名を連ねています。
この1月、インド政府が発表した支援政策「スタートアップ・イニシアティブ」を受けて、IT企業の業界団体、NASSCOM(全国ソフトウェア・サービス企業協会)は今年早々から「スタートアップ・ウエアハウス(Startup warehouses)」プログラムを開始しました。NASSCOMはベンガルールなど主要都市でインキュベーションオフィスを立ち上げ、今後スタートアップ企業を最大で1万社育成する計画です。
◆米国グローバル企業による対印ビジネス〈異次元〉進化
ベンガルールをはじめとするインドの主要都市のシリコンバレー化を支えてきたのは、欧米系IT企業の投資でした。とりわけ米国IT企業が80年代から長年培ってきたインドITとの繋がりは、いまや大きな大樹に育っています。それがいま、別次元のステージに向かっています。つまり、米国グローバル企業の対印ビジネスのゴールが、これまでのコストカットのためのアウトソーシングや研究開発だけでなしに、起業、育成、上場というインドITビジネスの全サイクル〈まるごとコミットするスタイル〉に変貌してきたということです。
例えば、マイクロソフトは今年、ベンガルールにインキュベートオフィスを設立し、今後5年間で500社のベンチャー企業を育成投資する計画です。同様にグーグルやアマゾンもインドでのスタートアップ育成支援を始めており、米印ITのグローバルな共存共栄は明らかにさらなる進化を遂げています。
◆中国がインドでスタートアップ企業を「爆買い」する?
とはいえ、不安定な世界経済の現況を反映して、インドへのグローバル投資は目下、昨年に比べて落ち込んでいます。特に欧米系ベンチャーキャピタルによる投資は頭打ちで、新たな対印投資の担い手がなかなか見当たらないのが実状です。
そうした中で台風の目になりつつあるのが中国です。その契機となったのが昨年9月、アリババ・グループ(阿里巴巴集団) による電子決済サービス現地最大手、ペイティーエム(Paytm) への巨額出資(6億8千万ドル)でした。これが大きな潮目となり、中国企業による対印スタートアップ投資の機運が高まっています。
昨年11月には出資額は小規模ながら北京のチータモバイル(Cheetah Mobile) が、ムンバイのウェアラブル企業 GOQii に1,340万ドルを投資しました。
この3月には、復星国際(Fosun Group)、順為(Shunwei Capital Partners)、 百度(Baidu)、APUSグループ といった中国有力投資企業12社が訪印し、インドのスタートアップ投資の視察を行いました。
さらに5月1日にはYeahmobi など中国系投資ファンド9社が訪印し、ベンガルールでスタートアップ投資相談会を行っています。
日本では「爆買い」「インバウンド」でしか話題にならない中国マネーですが、インドで中国が「スタートアップ投資」という「爆買い」を始めることで、今年は対印IT投資の巨人、米国としのぎを削る時代に突入するかもしれません。
[参考資料]
◎China plans to invest in mobile startups in India (Times of India2016年5月4日付)
◎The Hindu「Indian start-ups look to Chinese investors」(2016年5月15日付)
◎日経アジアンレビュー「Indian startups get support from growing facilities」(2016年5月10日付)
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