数回にわたりマイグレーション(移行)に関するテーマが続いたので、今回は原点に戻り“ITアーキテクチャーの正体“に迫ってみたい。これまでITアーキテクチャは業種や企業の特性によってオンリーワンであると説明してきたが、さらに言えば、建築様式がそうであるのと同様にITアーキテクチャは時代や社会的背景によって変化する。従って、アーキテクトは社会的風潮に敏感でなければならない。
図1はEA(エンタープライズアーキテクチャ)の各レイヤを表した”よく見かける三角形の図”である。ここで着目したいのは抽象的なビジネス、データの下側に、より物理的な特性を持つ技術、アプリケーションの層があることである。特筆すべきは、最下層に位置するTA(Technical Architecture)の進化が目ざましく、これに連れてAA(Application Architecture)も影響を受けて数年毎に変化する点にある。ITによるビジネス改革はまさしくこの部分の恩恵によるものと言えよう。
これからもTA、AAはビジネス環境の変化と新たなIT-SEEDSを受けて、それに答えるべく変幻自在に姿かたちを変えて行くのであろう。さしずめ近年の変化で言えば、グロ-バル化、多様化といった社会的背景により、インターネット上のあらゆるサービスを適材適所に取り入れてそれらを柔軟に組み合わせることができる“疎結合アーキテクチャ”がトレンドであろうか。内部統制、ガバナンス強化という社会的背景を受けたERP中心の“密結合アーキテクチャ“も、もはや一昔前といった感が否めない。
ではこのようにコロコロと変わる環境変化に引きずられて、企業のITアーキテクチャも全取り替え(ビッグバン)しなければならないのだろうか?答えは否である。ここで今までのIT投資を極力無駄にせずに次世代のTAやAAに移行する方法を考えなければ、新たなITの恩恵を受けるどころか、現状維持に多大なコストと時間を費やした挙句、事業競争力を失ないかねない。まして再構築プロジェクトの炎上など何をか言わんやである。
図2はEAの三角錐を上から眺めると同時に、中心部に普遍性の高いBA(Business Architecture)、DA(Data Architecture)を据え、外側に行くにしたがって物理的色彩の強いAA、TAが配置されている概念構造である。DAの普遍性は再構築プロジェクトで論理データモデルのTOBEを描いた経験をお持ちの方はお分かりと思われるが、“より柔軟性の高いモデル”への改修こそあれ、論理モデルの根本は殆ど変らないことで証明される(ビジネスモデルが変わればその限りではないが)。またモデリングの経験のない方は、携帯やスマホを買い替える際に連絡先データだけは移行することを考えてみれば、プロセスとデータのどちらがライフサイクルが長いかは明白であろう。
ユーザ企業のエンタープライズアーキテクチャの構造は、ビジネスを中心に普遍性の高い“データ”を軸にして外側に移ろいやすいAA、TAを配置すれば、物理的ITのイノベーションに耐えられることになる。参考までに、右どなりにTAを中心にした構造を描いてみたが、これではシステム全取り替えが必至である。ちなみにこの構造で最も恩恵を受けるのがITベンダーであることは言うまでもない(ユーザ企業とITベンダーのビジネスモデルが真逆であるから当然である)
このように普遍的要素を保つ事と流行を追う事は、ITアーキテクトにとってどちらも大事でありそのバランスがポイントとなる。私はこのことを※「不易流行」として情報システム設計に携わる者としての座右の銘にしてきた。おかげさまで前職の企業情報システムは1982年に分析設計したデータモデルが(M&Aで切り離したビジネスを除き)今なお生き続けており、外側のAA、TAが30数年間でホスト集中⇒分散&C/S⇒集中&WEBへと変遷する中、基幹系システムのDAは全くもって健在である。そして外側のAA、TAに至っては最新のアーキテクチャに入れ替わり、近年では順調にクラウド環境移行も加速しているようだ。
※不易流行:いつまでも変化しない本質的なものを忘れない中にも、新しく変化を重ねているものをも取り入れていくこと。また、新味を求めて変化を重ねていく流行性こそが不易の本質であること。松尾芭蕉が「奥の細道」の旅の中で見出した蕉風俳諧の理念の一つ。