梶川
実はA社のプロジェクトを経験して、大きな疑問が出てきたんです。
能登原
どのような?
梶川
ITプロジェクトの担当者は、経営者が決定したことを実現できるようなシステムとプロセスをきちんと導入することが任務ですが、経営者がなぜそういうことをやりたがるのか、経営者がその考えに至る過程の思考回路を知りたくなったんです。
A社のプロジェクトは「決めた、やれ!」というトップダウン的だったのですが、ITで何がいつまでに可能なのかという情報抜きに決定するパターンが多かった。経営者の意思決定の過程で、もっと「ITができること・できないこと」について技術サイドとの会話があればよいのにという思いが強くあったんですね。経営者の思考回路がわかれば、プロジェクトが決まる前段階でビジネス戦略に積極的に関わってもっと貢献できるのではなかろうかと。
能登原
それでMBAを取得されることにしたんですね。
梶川
ええ、日本語で取得することもできましたが、どうせやるなら英語でやってみようかと思いました。一石二鳥を狙って。日々の業務と家族を養う任務がありますから留学は無理だし…と考えていたら、たまたまスカイパーフェクTVで、南カリフォルニア大学の2年制のMBAコースが日本で受講できることを知りました。それを費用は自腹で、家族の猛反対を押し切って始めました。結果的には、同志の間で情報交換やら、大前研一さんと直接お話できる機会があったりして、ものすごくいい刺激と勉強になりました。
能登原
ご家族は反対されたのですか?
梶川
それは猛反対でした。家族全員が「そんなの仕事と両方できるはずはない」と言うんですよ。平日に早く帰れるわけではないし、片道2時間の通勤だし。
能登原
片道2時間ですか!
梶川
ええ、1日往復4時間。帰ったら夜10時過ぎは日常。でもやりたくてしょうがなかった。性格なんでしょうか、出来ないと言われれば言われるほど、「やってやる」という思いが強くなってくる。費用も年間120万円くらいかかるんです。2年で240万円。MBAに合格しなかったらそれが無駄になるわけです。240万円を投資と考えれば必ずしもリターンがあるとは限らないわけですよ。
能登原
そのリスクをあえてテイクしたわけですね。
梶川
それだけ投資する以上、絶対に捨てるわけにはいかない。自腹だったから何とか2年間で合格できたということも大いにありますよ、きっと(笑)。でもね、当時の私は、経営者が何を考えるのかを知らないということで何かもやもやした天井に突き当たったような感じだったんです。限界を感じたんですね。
2年間ほど、土日と祝日には1日最低8時間くらい勉強しました。年間で累計130日強でしょうか。毎日英語で1時間強の衛星放送があって、それを録画して土日にまとめて見る。予備学習とビデオをこなし、1ヶ月半に1回ペーパーテストでワークショップが年に2回ほど東京で開催されました。いま思い返すととても大変でしたが、受講してよかったと思います。会社のお金がどう回っているのかとか、マーケティングのあるべき姿、ビジネスのグローバル戦略にはどういう事例があるかなど学べました。特に戦術的な考え方とその事例はとても参考になりました。eビジネスやベンチャーという科目もありましたしね。ファイナンシャルと統計は相当鍛えられました。そのお陰で、まだまだ対等ではないですが投資案件に関してはCFOと同じ言葉で会話ができるようになりましたね。
能登原
それができるかどうかでは相当違いますよね。すばらしい。しかし本当にやろうと思えば忙しくても勉強できるんですね。
梶川
私も自分の意志でこんなに勉強したのは生まれて初めてでした(笑)。
能登原
本当に勉強は土日だけだったんですか。
梶川
ええ。初めのうちは通勤電車で少しでも予習しようと本を開いたんです。そうしたら5分と経たないうちに眠ってしまって。一時は音声だけでも聞こうと思ってビデオの英語から音声をテープに録音して聞いたんですが、それがまたいい子守唄になるんですよ(笑)。電車での予習は完全に諦めて、睡眠をたっぷり取ることに切り替えました。
私は「新しいもの好き」のせいか、このコースも南カリフォルニア大学のe-ラーニングのMBAコースの第1期生だったんです。残念ながら150人入学して2年後に予定通り卒業したのは5人だけでした。
能登原
それは狭き門だ。
梶川
みなさん3年かけるか、統計の科目あたりが難しくてリタイアするんです。半分くらいの受講生が統計で引っかかって、シックスシグマに苦しんで。私の場合には、シックスシグマの考え方がある程度できないと業務改革プロジェクトが実行できなかったから多少の予備知識があったんです。シックスシグマや統計の最低限のことはマスターしていないとMBAは結構苦労するかもしれません。
能登原
そうですか、シックスシグマがたいへんなんですね。
梶川
MBAを取得したあと、経済産業省が後押ししている「ITコーディネータ」というのを目にしました。アメリカでいうエンタープライズ・アーキテクチャなどを進められる人間の育成がもともとのテーマだったらしいです。ですからビジネスモデルのことがわかる、経営課題がわかる、それから具体的なITの提案ができる、プロジェクトマネジメントもできるということで、これも立て続けに講習会に行って取得しました。その時の仲間4人で本を書いたのが「ITコーディネータ資格試験」の参考書です。約2年前にアスキー出版から3,600円で出版されました。今までのいろいろな自分の知識の整理として役立ちました。ただ、私は締め切り直前に海外出張が数回あったりしたため、他の著者の方には随分とお世話になりました。
能登原
それは知りませんでした。さっそく買って読ませて頂きます。このITコーディネータのお仲間とは、どういう経緯で本を書かれることになったのですか?
梶川
その講座は知識だけではなくてMBA的なビジネス・ケースを使うアプローチがあります。実際にそれらしいビジネステーマがあって、グループで議論をしてプレゼンをしてお互いに評価する作業を徹底的にする。そうすると、各メンバーの業界や会社は異なりますが、持っている課題や問題意識が非常に似通っているんだという事がわかったんです。これからは中国も台頭する、その中で日本のIT業界は何をどうするべきかという話で盛り上がって。せっかく知り合ったから何か一緒にやろうということになって…。
能登原
ITコーディネータの資格を取るというのは、人の縁を結ぶ場としてもよかったんですね。
梶川
非常に良いところでした。会社の壁を取っ払って一緒に議論して人的ネットワークができる。セミナーが終わったら酒も飲みましたし。
能登原
「ITの達人」のお一人、ブライアン・マーティンさんも、実は梶川さんが弊社に紹介して下さった。
梶川
そうでしたね。今でもブライアン・マーティンさんにはいろいろな面でお世話になっています。
能登原
プロジェクトマネジメントも、おそらく経営も人間力とか人格が必要ですよね。
それを伸ばすためのひとつのきっかけということでは、ブライアン・マーティンさんを梶川さんにご紹介いただいて、林もそれで人間的に成長しているだろうし、私もたいへん参考になりました。私は今でも「マインドトラップ(陥りやすい心の罠)」の図を貼っています。私が一番好きなのは「事実をプラス思考で見るかマイナス思考で見るのか」という考え方です。言い訳して誰かの責任にせず困難を自らのチャンスだと捉えるという発想。この図がイメージとして頭に浮かんでくるように最近なりました。
そもそも梶川さんはブライアンさんとはどういったことでお知り合いになられたんですか。
梶川
かってA社が経営改革をやった時、その結果としてに約3割の人員と経費を削減した時期がありました。そのリストラの後の痛みを乗り越えて、どう未来を見捉えて前向きに生きるかというところで、A社の取締役の方がブライアン・マーティンさんを招いたんです。未来をどのようにイメージして実現するかがテーマでした。ブライアン・マーティンさんは日本のディズニーでもコカ・コーラでも有名だと伺っています。
能登原
コカ・コーラでもあのプログラムをやっているんですか。
梶川
アメリカを含む日本にある主な外資系の有名企業の多くが導入したのではないでしょうか。初めてブライアンさんのワークショップに参加した時、私は頭をガツーンとやられたような、でも、とても新鮮な衝撃がありました。IT的なこと、それから人、組織、このキーワードでパッとイメージが浮かんできて、ブライアン・マーティンさんの前向きに何かを捉えて取り組んでいくというやり方は、もしかしたらIT業界に新しい息吹として新鮮なかたちで受け入れられるのではないかという気がしました。その時同時に何故か林さんのことがふと頭に浮かんだんです。直感的ですが林さんとブライアンさんはどこか接点があってウマが合うのではないかという予感がしたんです。
能登原
ありがとうございます。梶川さんのお考えの通りでした。
梶川
ブライアンさんも彼のプログラムをいろいろなところに広げたいという希望があって、林さんも人材アセスメントをちょうどやられていていいかも、というような気がしたんです。で、2人が会ったらどんどん話が進んで。私も林さんの息子さんのホッケーチームのコーチ・プログラムにボランティアで参加させて頂きました。
能登原
それではチームがブライアンさんのコーチングで変わった瞬間をご覧になったわけですね。
梶川
そうなんですよ。そのホッケーチームはブライアンさんによるたった1日のワークショップで見事に変身して、それまで負けていた相手にその晩のゲームで勝ってしまったんです。私は、ブライアン・マーティンさんの哲学的でありながら、人間が人間たる暖かい考え方にとても共鳴しています。私もブライアンさんに会ってから、ゆっくりとですけれど変わったところがあるように自分でも思います。先日もたまたま今の会社で日常の議論の中でコンフリクト(摩擦)にどう対応するかという教育プログラムがありました。目指す所は相手の立場も尊重し、自分にもメリットがあるWIN-WINの枠組みの中で、「今あなたはこのへんにいますね」というアセスメントがあるんです。そのアセスメントによると私は極端にWIN-WIN指向が強くて、実際にそれを実行できているかは別としてもその指向性はいつの間にか強化されてきたなと。
能登原
私もよく考えているのですが、やはり前向きな考え方ができる人が集まらなければWIN-WINの関係にはならないですね。
梶川
そう思います。ただブライアンさんは、時間はかかるかもしれないけれども少しづつ周囲に影響を与えることはできると教えてくれました。私にとっては非常に勉強になるというか、現実の世界でも物事を実現する時に根底になる大事な考え方だと思います。
実はブライアンさんを現在勤務している会社にも昨年紹介したんです。社長に紹介したら、1時間後には2人は意気投合していました。それでまず経営チームにワークショップをやってみようということで去年の6月にプログラムを実施したら、みんな感激を通り越して感動しちゃった。これを社員みんなが受けない手はないと、それから1年で約500人全員がプログラムを受けました。
社内には左の脳を鍛えるスキルを習得するトレーニングもあるんですが、スキルはいくら学んでも議論の中でコンセンサスが作れないとか、WIN-WINが取れないという現実が一方であるんです。
能登原
やはり根本に前向きな考え方がないとスキルは生きないです。こういうのは深い根っこのようなもので、スキルは葉っぱとかそういうものなのかも知れないですね。
梶川
ええ。WIN-WINではなくて自分だけが得をしようという気持ちでは、いくらプレゼンスキルやファシリテーションスキルがあったところで、多くの方がそれが何なのって感じがすると思います。
能登原
それは相手にわかってしまいますよね、それを感じさせてしまったらどんなスキルがあってもだめですよね。
梶川
ええ。そうするとお客さんともパートナーとも、社内の人であれ社外であれパートナーシップはできない。ひとりで仕事をするんだったらパートナーシップがなくてもいいんですけど、そういう仕事は先ず存在しないです。
能登原
ないですね。誰かとの関係性で仕事がなりたちますから。
梶川
家族の中でもそうです。
能登原
いろいろな人と組まなければならないし、組むべき数も増えてきている。それこそ異文化の人と組まなければいけないこともこれからますます増えますしね。
梶川
最近私は、特にブライアンさんの主催するIAS社のプログラムに接して、どこの国の人も実は同じ人間だなということをますます強く感じるようになりました。WIN-WINのアプローチでいくとどこの国の人であれそのメッセージを感じてくれるんですね。交渉術とか英会話がどうのこうのとあります。それが大事ではないとは言いませんが、それはやはり小手先のことです。その限界を最近つくづく思います。
能登原
それはいいお話を聞きました。アイ・ティ・イノベーションとしては、梶川さんはお客様であると同時に、いろいろな影響を与えていただいていています。
A社にいらしたときには、弊社のスキル診断のサービスの開発に最初に取り組んで頂きましたよね。
梶川
当時、私はこういうのがあったら面白い、こういうサービスが欲しいとアイ・ティ・イノベーションのメンバーの方に相談したら実現したんです。
能登原
今日も思ったんですが、梶川さんはニーズを捕まえるのが上手ですね。こういうことがあるべきじゃないかとか、今の時代だからこれをやるべきではないかということをよく見ていらっしゃる。スキル診断の時、「ITのスキルがどういう状況かまだみんなわからないのでスキルを図ることが必要なんじゃないの」ということをニーズとして出して下さった。それに我々が上手く応えられて、今度はそれを他のお客様にお話しすると、「あ、いいね」というお客様がいらっしゃって。それでいろいろ作り込んで今のかたちにまで成長させることが出来たんですよ。そういうきっかけを実際に作って頂いている。先見性がありますよね。
いまお話をしていてもモヤモヤとしたものをパッと捕まえて、これだよと概念化して下さる能力が高いと思いました。
梶川
当時のスキル診断の誕生の前には、「こういうものがあったらいいな」「いや絶対に必要だな」というのような想いが確かにあったんです。というのも、ITマネジメントのひとりとして日頃感じていたのが、プロジェクトにチャレンジして何とか回しているメンバー達に当てはめて見ると、本当のコンピテンシーという意味では通常の人事の評価モデルに照らし合わせみてもやはり明確なものが出てこない。
やはりITは専門色が強い仕事かなと思うんですが、部下を国境さえ超えつつあるIT業界という枠組みの中で、どう正当にアセスメントし、どういう将来のロードマップを作ってあげるかということが課題だったんです。会社という枠を越えた客観的なスキル・アセスメントが欲しいと思い始めたのもこの頃です。自分が将来どうするか、人間が自分の市場価値を上げるには具体的にどうしたらいいのか、という思いも一方ではあったように思います。
かってはIT技術者の市場価値の相場はあっても、それがなぜかというのは見えなかったんです。それを見えるようにして、「マーケットがこういう価値基準だから、自分たちはここを強化していけば到達できる」とわかれば個人個人の切磋琢磨を通じてよい意味でのサバイバルにもつながる。それをアイ・ティ・イノベーションの皆さんがうまくモデル化して作り込んでくれました。あれから2年経って今年の1月に説明をしてもらいましたが、その後の分析の深さと広がりに驚きました。
能登原
ありがとうございます。これからスキル診断のマーケティングを工夫するという、新しい課題に取り組んでいくつもりです。
本日はありがとうございました。
梶川
こちらこそ、どうもありがとうございました。