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アリストテレスの「ニコマコス倫理学」に学ぶ最終章:友愛のちから


~ “友愛の大切さ”とは何か? ~

 前回のブログでは、徳を積むことで、人は成長し“力をつける”ことを述べた。人の力とは、勇気、お金、正義、節度などに関わる個人が持つ大切なものである。
しかし、人生の達成目標である幸福を得るためには、もっと大事なものがあり、個人としていくら力を付けても得られない。つまり、「人は、ひとりでは生きられない」ということであり、徳を積む生活に欠かせないのが、人と人との関係である。徳を積むことは、まさに人間関係の中で実践されるものである。友人と友愛は、人が生きるうえで必要不可欠なものであるといえる。

 アリストテレスは、人の関係を“友愛”と呼び、幸福のために最も大切なものと考えた。前回の復習になるが、友愛には、「人柄の良さに基づいた友愛」「快楽に基づいた友愛」「有用性に基づいた友愛」の3種類があるとアリストテレスは述べている。友愛は、互いに対して好意を抱き、かつ、互いの善を願い、さらにそうしたことが互いに気付かれていることが成立条件となる。いわゆる道徳的な友人関係には、人柄の良さに基づいた友愛が大切な軸になるが、他の快楽や有用性に基づく友愛も人生にとって必要な要素である。友愛のバランスが大切であるとニコマコス倫理学では記述されている。このことは、人が行動する上でどのような意味があるのだろうか?ここでは、友愛についてもう少し深掘りし、幸福学的倫理学のまとめとしよう。

 私たちは、人生の中で様々な人たちと関係をもって生きている。これは事実であるし、また一方、人のことで、いろいろ悩みを抱えながら生きている。人との関係は、面倒であるが大切である。また、人間関係のあり方については、正解というものはない。難しく考えればきりがないが、人間関係なしでは生きられないことも確かである。友愛とは、徳の一種であり、人との関係の中で育んでいくものである。アリストテレスは、確かな友愛があれば、正義は、あまり必要としないとも言っている。例えば、強い夫婦関係、良好な友人関係では、全体を決めるルールや正義などをはっきりさせなくても、うまく事は運ぶ。なぜならば、人と人の良好な関係と信頼関係があることで、何か起こったときに、都度、話し合っていくことでうまくいく。会社間のビジネス問題や離婚の問題などは、正義やルールなどの明文化が必要とされるが、正常な人間関係が築かれている状況であれば、法律や契約などの内容を取り上げる前に正常化できるのだ。

 さて、ここで友愛の成立条件について考えてみよう。アリストテレスは、3つの条件があると言っている。 

①相手に好意を持ち、役に立ちたいということを願っている
②相手もこちらに好意を抱いているということ
③互いに相手の思いに気付いているという状況であること

上記の条件に反して、他者の善を悲しむという状態がある。このことをアリストテレスは、嫉妬といっている。嫉妬とは、自分をバイパス(スルー)された愛に対しての怒りではなく、悲しみの感情であると考えると分かりやすい。二千数百年前のギリシャの社会でも“嫉妬”という感情があり、今も変わらなく嫉妬があるというのは、不思議な気がする。

 自分の身の回りにいる友人との関係を思い描いて“友愛”を具体的に考えてみよう。

◆人柄の良さに基づいた友愛
 人柄全体を愛することから生ずる愛で、持続性もあり、最も良い友愛と考えられる。先に述べた3つの成立条件を満たし、最も理想的な人間関係と言える。一緒にいて安心できるし、心から付き合える関係である。そもそも友愛は、友達関係、特定の趣味などの集団、会社などのグループを越えて存在するものだといえる。

 皆さんの会社内の人間関係を、自分自身を例にとって考えてみて欲しい。実際のところ、純粋な人柄の良さに基づく関係で皆さんは具体的に誰と付き合えているのか思い浮かべてください。何人いますか?もし会社がなかったら、もし会社を辞めても付き合いが必ず続いていく人は、誰ですか?そのような友人は、何人いますか?もし、いないとすれば、寂しい話ですね。筆者の経験によると、今まで、人との関係を誠実に保ってきた人でも“本当の友愛”の関係にある人は、せいぜい多くて2-3人だと思う。大半は、会社がなくなれば、付き合いをやめる人である。これは、どういうことかといえば、良い関係と感じていた関係は、主に「有用性に基づいた友愛」「快楽に基づいた友愛」で、成立しているということである。
 この関係での付き合いも、人との関係を広く捉える場合に必要であるとニコマコス倫理学ではしている。まとめれば、良い関係と感じている人間関係は、人柄の良さに基づいた友愛、快楽に基づいた友愛、有用性に基づいた友愛の混ざり合った(ハイブリッドな)関係であるといえる。

◆有用性に基づいた友愛
 お金、ノウハウ、機能での関係で生ずる友愛がある。ビジネスでは、しばしば、この有用性にもとづいた友愛で、関係が作られていく傾向がある。この関係は、有用性がなくなれば、友愛の関係もなくなってしまう。会社組織でしばしば重要だと考えられるのが、この「有用性に基づいた友愛」である。Aさんは、特定のノウハウを持っているために有用と思われる。また、Bさんは、素直で躊躇なく機敏に行動できる機能を持っているので、しばしばプロジェクトで有用と思われる。Cさんは、気前が良く、お金持ちであることから必ず宴会に呼ばれる。これらの関係は、人柄というよりもその人の“機能”が有用と見なされて、強い人間関係が形成されていく。学生時代に授業をサボるためにノートを貸してくれる友人を思い出してほしい。主にノートの貸し借りで出来上がる友達関係は、機能としての関係であるために卒業すれば関係はなくなる。社会人になっても継続して付き合っている友人との関係は、機能もあったかもしれないが、人柄に基づく関係が存在し、今に至っているのだ。

◆快楽に基づいた友愛
 相手が快いという理由で出来上がる関係なので、心地よいがなくなれば関係がなくなる。例えば、この人とカラオケに行くと楽しい。飲み会の席では役に立つ人がいる。グループで行動する場合に、このような友愛は前向きに作用するし、快楽に基づいた友愛関係も場面により必要になる。会社の行事やプロジェクトを構成するメンバーを募る際に良い働きをする。

 ここでは、3つの友愛を解説したが、人間関係の中でそれぞれが独立して存在するものではない。3つの友愛の要素が混ざり合って様々な人間関係が作られていくのである。理想は、「人柄の良さに基づいた友愛」を最も重要な軸として、「快楽に基づいた友愛」、「有用性に基づいた友愛」を良い味付けになるよう配合した“より良い友愛”を目指すことだ。

 社会、会社の人間関係は、「有用性に基づいた友愛」に偏っているような気がする。友愛の概念は、会社に採用する人材を選択する際にも活用している。採用時には、スキル、つまりその人が持っている機能を中心に採用可否の判断をする傾向がしばしばあるが、私は採用の際に、その人物がどれだけ人柄に基づいた友人関係を持っているかを質問する。良い友人を持たない人は採用しないようにしている。

 私は、会社を辞めた経験があるが、その後も何人もの人と友愛の関係を保ってきたつもりである。アイ・ティ・イノベーションは、創業25年になるが、その間に何人もの友人に助けられて、ここまでやってこられたと思う。アリストテレスの友愛は、自分の成功よりも皆で成功するための大切なことを教えてくれた。

(出典)
NHKオンデマンド:100分de名著 アリストテレス“ニコマコス倫理学”
https://www.nhk-ondemand.jp/program/P202200289100000/


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林衛
IT戦略とプロジェクトマネジメントを中核にITビジネスのコンサルティングを行うアイ・ティ・イノベーションのファウンダーであり社長を務める。◆コンサルの実践を積みながら英米のIT企業とかかわる中で先端的な方法論と技術を学び、コンサルティング力に磨きをかけてきた。技術にも人間にも精通するPM界のグランドマスター的存在。◆Modusアカデミー講師。ドラッカー学会会員、名古屋工業大学・東京工業大学などの大学の講師を勤める。

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