ここまで2回にわたってエンタープライズアーキテクチャ(以下、EA)とは何かを語ってきました。EAとはひとことで言えば、「企業全体の構成要素の可視化と、その移行計画を定めるもの」です。さて、前々回コラムの冒頭で、“変革の時代だからこそ、EAに取り組む意義は大きい”と書きました。今回はその意義を考えるため、ビジネス変革そのものともいえるデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)とEAとの関係を取り上げたいと思います。まず最初に、国内のDXの状況を私なりに考察してみます。
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<迷走するDX>
先月8月31日に、経済産業省から『DXレポート2.1(DXレポート2追補版)』が公開されました。これは、デジタル変革後の産業や企業の姿を示すとともに、そこに向けての政策の方向性を示したものです。ここから読み取れることは、デジタル産業において企業の姿はますますネットワーク化、自律分散化、ソフトウェア化の方向へ向かっていくということです。そうした姿へ変革することがDXといえます。しかし、企業の現実の取り組み状況はどうでしょう?私自身が多くのDXの取り組みを見聞きしているなかで感じる、ありがちな例をあげてみます。
現場丸投げ、ビジョン不明確
経営層から「わが社もDXに取り組むぞ」と号令はかかるものの、そのビジョンや戦略は不明確。実際の内容検討は現場部門へ丸投げというものです。経営者自身がDXの本質を理解しておらず、他社の行動や世間の情報から不安感に煽られているだけということです。
正解の追求、評論だけでリスク取らず
これも経営層のDX理解不足から来ています。「過去の成功体験から抜けきれない」「目に見えるもの(他社事例など)しか信用しない」という思考が背景にあります。結果として、PoCばかりで実ビジネスにはいつまでたっても辿り着きません。
ビジネス・現業との断絶、対立と孤立
外部から人材を積極的に採用してDXを推進する専門組織を立ち上たものの、既存のビジネス部門を巻き込むことができず孤立してしまうケースです。こういうケースも非常に多いと感じます。DXと、出島を作って何か新しいビジネスを起こすこととはわけが違います。
ソリューション先行、近視眼的・場当たり対応
前々回コラムでも場当たりなソリューション先行の弊害を書きましたが、こうしたケースは未だ多いのではないでしょうか。情シスや事業部門が経営層の期待に対してわかりやすい成果を示すために、とにかく手近な課題で「やってる感」を出そうというものです。
いかがでしょうか。みなさんの身の回りでもこういうことは案外目にしているのではないでしょうか?ビジネスプロセスやビジネスモデルをデジタル化し恒常的に変化しつづける、そうしたケイパビリティを備えることがDXの目指す姿だったのではなかったでしょうか。例としてあげた状況は、こうしたケイパビリティを減少させる方向に企業を向かわせます。国内の多くの企業では、こうした状況が依然として多いと思います。まさにDXは迷走状態にあるのではないでしょうか。なぜこのような状況なのでしょうか?それは、規律あるDX戦略が欠如しているからだと考えます。私はここに大きな危機感を感じます。今一度、あるべきDXの姿とはどういうものかしっかり考えるべきと思います。
<DXの5つの要素>
では、あるべきDXの姿とはどのようなものでしょうか。そもそも、DXの定義には唯一の正解はありません。ただ、欠けてはならない基本はあるはずです。その基本的な構成要素は何かということを、自分なりの考えを交えてあらわしたものが下図です。以下に、それぞれ説明していきます。
AsIs われわれは今どこにいるのか?
デジタル化のステージや利活用レベルは、その企業ごとそれぞれです。ですので、まずは己を知る、自社のシステムやビジネスの現状を知るということが第一歩となります。しかし、ここをおざなりにしている企業が非常に多いです。われわれは今どのステージにいるのか?なぜ今のような状況(混沌)に陥ってしまったのか?反省を伴う現状認識が第一歩となります。こうした意識のもと、組織全員が真摯さとオープンさをもってそれぞれの組織の枠を越えコミュニケーションできることが、AsIs可視化にとって非常に重要なことです。
ToBe われわれは何処に行きたいのか?
DXとは特定組織だけで進められるものではなく、その企業にとっての総力戦です。限られたメンバーによるトップダウンモデルで最後まで進めていくものではありません(アーキテクトによって最初のデザインは描かれますが)。全員がワクワクと共感できるようなToBe像を描きましょう。未来を描くということは楽しく胸躍るものなのです。
Transformation 常態としての変化
DXの本質はTransformationすることにあります。しかもそれは一度限りの変化ではなく、常態(New Normal)として変化し続けるということです。こうしたことが求められる理由は、現代がいわゆるVUCAと言われる時代であり、「唯一の正解がなくて、状況に応じて正解が変わっていく」「小さくて多数の施策を同時多発的に矢継ぎ早に手を打ち、学習し続けねばならない」からです。それを繰り返し実行していく。その結果として、あるべき姿(ToBe)を実現していく。この「常態としての変化」を導くための海図がEAであり、その取り組みを前進させるエンジンが人・組織のケイパビリティであると、私は捉えています。
エンタープライズアーキテクチャと人・組織のケイパビリティ
AsIsで可視化された現状の姿と、ToBeで描いたあるべき姿、そしてそれらの間をつなぐロードマップがDXの海図であるEAを構成します。ここに至り、規律ある全社DX戦略を導くことが出来ます。しかしこれはまだ道半ばに過ぎません。EAのなかでDXのキー要素である人・組織のケイパビリティを段階的に高めていくことに取り組んでいかねばなりません。そこに近道はありません。時間をかけてじっくり取り組んでいくことをお勧めします。人・組織のケイパビリティが一段高まることで、次のレベルのEA(ToBe)を目指す準備が出来たこととなります。そして、次のToBeを目指して新たなサイクルを繰り返す、こうして企業は恒常的な変革の道を歩むことになるのです。
以上、DXの構成要素について説明しました。
繰り返しますが、DXの定義に唯一の正解はありません。しかし、DXとEAは表裏一体で切り離せない関係にあるということは、全ての企業にあてはまる原理と考えています。
<Big Think,Small Implementation!!>
最後に、これからのEAのあるべき姿についても少し触れておきます。
近年、ビジネスアジリティというキーワードを耳にすることが多くなってきました。「アジリティ」とは俊敏さ、機動力といった意味で、変化に適応する能力を指します。スピードが速いというよりは「状況に合わせて速やかに変わること/適応すること」ということがアジリティであり、「いろいろな環境に対応しながら結果的に速い」ことに価値があると思っていただけると良いと思います。その背景には上で述べたVUCAがあります。
こうした時代において、EAはビジネスアジリティを支えるものでなければなりません。昨今、あらゆる企業でアジャイル開発が広がってきています。変化に適応するべく段階的、かつ自律分散のデリバリーが求められます。一方で、複雑化する企業システムにおいては、全体をどう変化させていくかのマスタープランが絶対的に必要となります。よって、ビジネス活動とプロジェクト活動(サービス開発のような具体的なイニシアチブ)とエンタープライズアーキテクチャが三つ巴の関係にあると理解してください。大きく構想し(Big Think)、小さく素早く実現する(Small Implementation)。どちらの方が重要というわけではありません。どちらも重要で一体とならねばなりません。全体と部分を途切れなくつなぐことが、これからますます必要になってくると思います。
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これまで3回にわたってEAとは何かということを取り上げてきました。そして、全体を通してお伝えしたかったことは、EAとはデジタル変革(DX)のマスタープランそのものであり、その取り組みこそが今求められているということです。まだまだ語り尽くせていないことも多いのですが、EAって大事なんだなと少しでも感じていただければ幸いです。次回からはテーマを変えて、また新しい視点でアーキテクチャを考えたいと思います。
お楽しみに!