さて、いよいよ、この連載は、最後です。
最終回の話題は、DX推進を妨げる壁についてである。
1980年代後半から世の中は、知識中心の社会に入り、組織が複雑化すると同時に専門家の知識は、縦割りに分化・深化が進んできた。医療業界を代表に言えば、医師のジェネラリストは、数は少なく、殆どの医師は、専門化・分業化が進んでいる。この現象は、産業界でのビジネスマン、法律家、会計士、IT専門家などの組織で仕事をしている知識労働者にも当てはまり、各自が持っている知識と経験は深化している。
いわゆる組織で働く知識労働者はあまりにも専門的であるがゆえに、組織の中では細分化せざるを得ない。この細分化された専門知識をどのようにマネジメントするかが、現実の課題となる。さらには、この専門家たちには、役員、正社員に始まり、フリーランス、パートタイム、派遣社員など多種多様な雇用形態が存在する。国情による文化の違いも理解すべきであるが、世界共通の課題は、これらの細分化された専門知識と経験を統合し、多様な雇用形態で働いている人材をマネージし、勇気をもって変革のリーダーシップを取れる人材が、全くもって不足している。
DXのような大きなビジネス変革を産み出す際には、組織運営のために細分化された知識と経験の統合化と変革を推進するチェンジリーダーが必須になる。これが、DX推進の最大の壁になるだろう。
日本の企業は、長い年月をかけて努力して、最適な仕組みを、形状の異なる人材という石をすり合わせ、磨きこみ、石垣を組み上げ、築いてきた。人の個性と能力に合わせて、組織を機能させている。ミッションや役割がはっきりしている欧米のブロックの積み上げに似た組織とは、根本的に異なる部分が多い。また、文化的な違いも存在する。どちらの方が優れているということではないが、ことデジタル化に関していえば、人の能力、個性、実績に合わせて培ってきた組織は、ビジネスに対して緻密に適合され、運用されているために、簡単に形を標準化して、新たなやり方を取り入れられるわけではない。
その点を克服する必要があり、DX推進には、相当の努力を要するだろう。
筆者は、欧米のDXのやり方のコピーは、危険で、簡単には成果が出ないと考える。DX推進で考慮しなければならない点は、石垣の良い点も生かしつつ、必要に応じて、挑戦的に、思い切った変革を行う対象を意図的に創っていく事(上手に仕分ける能力)の両方が必要になる。これまでにDXなどの組織変革に関わる本質的な課題について述べた、この課題を前提に、さらにDX推進に関わる壁について解説する。
DX推進を妨げる壁には、4点ある。
DXは、そもそも、ITをフル活用してビジネスの変革を目指すものである。現状のやり方や習慣、時には、現状の企業文化を否定して推進することなので、当然のように変えたい人々と、変えたくない人々との間には、深い溝が存在し、これが抵抗勢力になる。
人々のマインドセットを変えることや、今までの習慣をリセットすることが必要になる。単なるITの導入を超えて、企業カルチャや習慣までも変革させなければならない。今までのやり方の方が心地良いと思っている、変化に抵抗する人々を変えることこそが、DX導入なのである。
DX変革を単なるIT導入であると勘違いし、DXを技術的な問題であると考えている人が多い。
DXは経営戦略の問題であるのに、IT導入のことであると取り違えている人が多いと言われている。筆者に言わせれば、経営者の勘違いが最も目立つ。そのような場合、ビジネス目標を意識しないで、ITの活用そのものが目的(手段の目的化)になり、当初の経営課題は頓挫してしまい、目的とは異なるITの導入になり、肝心のビジネス変革に繋がらない。
そもそも、日本の経営者はITリテラシーが低く、苦手な分野は、すぐ部下や外注する傾向にある。一方、高い管理者のレベルの人であっても、上司の方針を鵜吞みにしたり、経営者の方針を絶対ということにして、仕事を進めている。会社を引っ張るはずのリーダーが、本質を追求しようとせず、自らの力で考え、判断できないところが大きな問題であると言える。
あらためて、自社の強みは何か、何でもってビジネスが成り立っているのか、経営者自身が事業を見つめ直すことが出発点である。ビジネスで何を極めたいのかがはっきりしていれば、ITの専門家が様々なアイデアを出してくれるので、その先に議論が進むことになる。これがないまま、部下や協力会社に下請けするだけでは何も進まない。自社の戦略は、経営者の課題である。これが分かっているかどうかである。(DXは、特別なことではない)
現実の企業では、本当に必要とされる人を必要な仕事にアサインできない、しないままプロジェクトが実施され、成果が出ない。足らない面があるとは自分で考えず、他社(ITベンダー、お抱えの協力会社)を頼りにする。本当に大切なことは、自社のことは、原則自社の社員が真剣に考え、何を自社で行い、何を他社に依頼するかを、まずは自らリーダーシップを持って検討する。自社で検討すべきことを明らかにすると、分からないことだらけで不安になるだろう。当たり前である。普段から自分で考えてこなかったら、すぐに解決できるような重大な発見があるはずもない。
多くの企業が、古いシステムの保守と改善に多くの時間をさかれているのが実情である。
そこに、持ち上がるトップから命じられたDXプロジェクト。IT部門は、依然として既存システムの保守や、ユーザーからの要望に応えることに精いっぱいである。今までと同じサービスレベルを維持して、DXを推進させることは、人員的にも、資金的に困難になる。
ここからが、知恵の使いどころである。思い切った優先順位をつけるのだ。
新たな価値を生みだすDXプロジェクトに関係する既存のシステムの見える化は、必須課題である。その部分だけ、リ・エンジニアリング(近代化のための再編成)の対象として残し、その他の機能は、全く新しいやり方に移行する方法は無いだろうかと検討する。ミクロで機能やサービスを見るのではなく、マクロ的に数年先まで見て、新しいサービス体系を考え、思い切った策を打つ。
全体をどうすれば良いかという観点ではなく、何を最低限生かすべきかという観点が、古い伝統的な仕組みをシンプルにするのに役立つ。
既存のものがあると、容易に捨てられないのが人情であるが、DX変革には、思い切った割り切りと、更新したときに多少の不便さや違和感が出てくることを寛容に対処し、新しい体系の感性に向けて改善の努力を始めるのだ。
DX変革成功のイメージは、皆の意見を吸いあげて最適な解を見つけることではない。(そんなものは、無い)
DXとは、新たなビジネスモデルへのチャレンジであり、必要なのは、まとめる力よりも何かを産み出すリーダーシップなのだ。既存のしがらみをほぼ捨て去り、ITを極端に活用して、新しいビジネス創造を産み出すことである。
DXは、経営者の課題であり、リーダーの課題である。
もし何からDXを始めるかと私は問われたら、こう答える。まず、チェンジリーダーとなるべき人材を育てましょう。そして、経営者自らが学び直しを行い、リーダーシップを取っていく事だろう。チェンジリーダーと経営者が経営課題を定義し、IT活用の方法を検討する。そのあとに、必要な人材を補強し、プロジェクトを推進する。これが、DX成功への近道であり、正しい始め方である。