前回は、アーキテクチャデザインに関わる活動のアウトラインにふれました。その活動の対象となる論理アーキテクチャと物理アーキテクチャは、建築の世界における「都市計画」と「家づくり」に例えるとわかりやすいでしょう。論理アーキテクチャのデザインは、「都市計画」となる企業全体のアーキテクチャの青写真を作ることにあたります。一方、物理アーキテクチャのデザインは、その青写真にもとづいた「家づくり」であり、プロジェクトを通して技術ソリューションという形で具現化されます。しかしながら、DXレポートでの警鐘からわかるように、多くの企業ではその家が老朽化しており、まさに崩れ落ちようとしている状況です。このような状況では家の建て直しが喫緊の課題であり、即効性があるかに見える最新技術やソリューションに注目が集まるのは当然のことなのかもしれません。本ブログでは、この状況へどうアプローチできるのかをアーキテクチャデザインに絡めながら考察していきたいと思います。
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最近、住宅関係でリノベーションという言葉を目にすることが増えました。厳密な定義の違いがあるわけではないようですが、従来のリフォームが「古くなった建物を新築同様の状態に修繕・回復する」という意味合いで使われるのに対し、リノベーションは「既存の建物に対して新たな機能や価値を付け加える」という意味合いが加わるそうです。要するに、マイナスからゼロに戻すのか、またはそれだけにとどまらずプラスαを求めるかの違いですね。
企業のITシステムにとっても同様で、従来提供してきたことに加えてプラスαが求められてきています。つまりITシステムでもリノベーションが求められているといえます。このITシステムのリノベーションのあるべき姿は、論理アーキテクチャデザインを通じて特定された新たな構成要素(コンポーネント)を具現化するべく、計画的かつ段階的に適切なサイズのプロジェクトが絶え間なく実行されている状況をつくることだと思います。あたかも、水・電気・ガスなどのライフラインや構造の性能を必要に応じて更新したり、ライフスタイルに合わせて間取りを刷新することで、時間とともに馴染んできて住みやすくなる住宅のごとしです。このようなアーキテクチャへの取り組みがあってこそ、ビジネスアジリティということが実現できるのだと思います。実際に、都市計画としての論理アーキテクチャをデザインし、それにもとづいた適材適所のシステム配置と俊敏なソフトウェア開発に取り組まれている企業は増えています。
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しかし、現実は厳しいものです。住宅のリノベーションにも軽微な修繕で済むものから大規模な作り直しまで様々あるのと同様に、ITシステムのリノベーションもアーキテクチャの状況によって必要な対応は様々です。現実には、ITシステムそのものが老朽化しており、その青写真(論理アーキテクチャ)が失われているのみならず、物理アーキテクチャも混沌としていることが多いのです。また、残された時間もそう多くはないでしょう。本ブログを読まれているなかにも、こうした状況に取り組まれている方々は多いと思います。
私自身、SI時代を通じてこのような状況に取り組むべくITアーキテクトとしてお客様を支援してきました。そこで感じることは、より良いITシステムを求めるお客様の思いには強いものがあるということです。これはどのお客様も同じだと思います。「将来を見据えて柔軟かつ堅牢なITアーキテクチャを確立したい」「しっかりしたアーキテクチャを土台にしてプロジェクトの成功率を高めたい」「システム開発をよりアジャイルな形ですすめられるようにしたい」etc。。。今まさに取り組もうとしているプロジェクトのなかで、こうした思いを実現していくこととなります。家を作り直すことと並行して、都市計画たる秩序を取り戻すことに挑戦するわけです。むしろ、秩序を取り戻すことこそがプロジェクトの真の目的であると言っても過言ではないでしょう。この秩序は、成り行き任せでは手に入りません。そこには、意図したアーキテクチャデザインが必要となります。本コラムの第2回で、ITアーキテクトの役割は「要求者のビジネスの方向性に対する思いと実現性のあるITの観点をつなぎ、現実的な設計(ソリューション)に落とし込むこと」であると書きました。私は、ここであげたような秩序を取り戻すためのプロジェクトにおいて、ITアーキテクトが中心にいるべきと考えています。
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次回は、ここでとりあげたようなプロジェクトで求められるアーキテクチャ活動を考察してみたいと思います。お楽しみに!