世界のレガシーが崩れ始めたかのような2016年が終わろうとしています。欧州では6月、国民投票で英国のEU離脱が可決され、欧州統合の道筋に変調が表れました。インドでは10月、モディ首相が来日直前に高額旧紙幣の廃止を発表したことで、いまだに新札切り替えの混乱が収まりません。そして米国では11月、次期大統領にまさかと思われたトランプ候補が選ばれました。
◆米印ITアウトソーシングを支えてきたインド系移民たち
来年1月20日のトランプ共和党政権誕生で米印間のITアウトソーシングというビジネスモデルになんらかの規制がかかるか否か? これがインドのIT産業界にとって目下、大きな関心事となっています。
80年代末から始まった米印ITアウトソーシングは、インドIT産業成長の根幹です。そしてアウトソーシング発展に不可欠だったのは米印ビジネスに精通する〈人材〉。すなわち、米国で二代、三代と暮らしているインド系移民や長期で米国で働くうちに米国の市民権を得た非在住インド人(NRI)たちです。
米国には現在、インド系米国人が320万人ほどいます。加えて130万人ほどのインド国籍の人たちが長期で働いており、広義の在米インド系人口は450万人ほどに上ります。インド系コミュニティは米国で当然ながらマイノリティ。だから米国政治に関しては基本的に民主党支持が多数派でした。今回の大統領選挙でもその傾向は変わりなく、選挙期間中に行われた調査によれば、インド系を含むアジア系移民全体での各候補の支持率は、クリントン民主党への支持が75%と圧倒的でトランプ共和党支持は19%。その他が6%でした。オバマ氏が勝利した前回の大統領選ではインド系移民の80%がオバマ支持でした。
では、オバマ政権時に比べてトランプ共和党政権下では在米インド系コミュニティの影響力が弱まるかといえば、必ずしもそうではなさそうです。米国では現在、政権移行チームによる閣僚等の人事選考が行われている最中ですが、12月15日時点ですでに二人のインド系女性が次期トランプ政権の要人に指名されています。
◆要人候補に指名された二人のインド系女性
一人目は11月23日、米国の国連大使に指名されたニッキー・ヘイリー(Nikki Haley)氏です。ヘイリー氏はサウスカロライナ州の現職知事(2011年1月就任)で1972年生まれ。現在米国では最年少の州知事です。彼女自身は米国生まれのクリスチャンですが、両親は共にパンジャブ州から米国に移住したシーク教徒です。パンジャブ農業大学の教授だった父親が1969年にサウスカロライナ州の大学教授の職を得て同地に移住。その後、同地で生まれたのがヘイリー氏でした。クレムゾン大学で会計学を学んだ後、リサイクル企業に入社。その後、母親が経営する婦人服店に転職し、ファミリービジネスを盛り立てました(ちなみに米印ITアウトソーシングが盛んになる以前、米国のインド系移民の主流派はパンジャブ人とグジャラート人でした)。
ヘイリー氏は共和党員ですが、今回の大統領選ではトランプ氏に批判的な発言をする政治家でした。にもかかわらず、トランプ氏がヘイリー氏を国連大使に指名したのは、アジア系移民、女性の代表的政治家として評価したからとも言われています。
二人目は11月29日、保健福祉省(HHS)の一部局であるメディケア・メディケイド・サービスセンター(CMS)の長に指名されたシーマ・バルマ(Seema Verma)氏です。バルマ氏は2001年に医療政策のコンサルティング・ファームSVC社を設立した起業家です。1993年にメリーランド大で生命科学を学んだ後、ジョンズ・ホプキンス大で公共保健学の修士(1996年)を取得。その後、2001年にSVC社を立ち上げ、インディアナ州でヘルスケア・コンサルタントを行うかたわら、同州最大のメディケイド・ベンダーであるヒューレット-パッカード(HP)社の社員も兼任しています。
◆ペプシコ、マイクロソフトのCEOも
上記の二人とは別に大統領のアドバイザーとして、12月14日にはタミル州チェンナイ出身で米ペプシコCEOであるインドラ・ヌーイ(Indra Nooyi)氏が次期大統領政策戦略フォーラムのメンバーに指名されました。同フォーラムは11名で構成される経済問題の諮問機関ですが、トランプ氏に頻繁に提言をできる著名経営者の一人にインド系女性が加わるわけです。ヌーイ氏は1955年生まれ。マドラス・クリスチャン大卒業後の1978年に渡米し、イェール大でMBAを取得。ボストン・コンサルティング(BCG)、モトローラ、ABB等を経て1994年ペプシコに転職し、2006年から同社CEOを務めています。
同じく14日、トランプ氏はNYでアップル、アマゾン、アルファベット(グーグルの親会社)など有力IT企業11社のトップと会談の席をを持ちました。この会談はシリコンバレーの企業経営者との顔合わせの場でしたが、そこに参加したマイクロソフトCEOのサティヤ・ナディラ(Satya Nadella)氏もハイデラバード生まれのインド人です。
◆大統領就任当日に開催される在米インド・コネクションの宴
米国にはUSINPAC(米国インド政治行動委員会=The United States India Political Action Committee)という在米インド系の組織があります。USINPACはロビイング団体的機能を有し、米印関係の円滑化を図っています。USINPACは12月7日にワシントンD.Cで政権移行チームメンバーとのディナーパーティを催しましたが、同パーティにはトランプ氏と同じ不動産業で成功したサンディープ・マトラニ(Sandeep Mathrani)氏など多数の有力インド系実業家が出席しました。
大統領就任当日の2017年1月20日、USINPACはキャピトルヒル近くのホテルで独自の祝賀会を催します。主催者によれば、当日はニッキー・ヘイリー氏、シーマ・バルマ氏に加えて、大統領に就任したばかりのトランプ氏も顔を見せるかもしれないということです。
さらに今回の選挙で国会議員に当選した5人のインド系議員(全員民主党)も一同に会し、米国におけるインド系コミュニティの盛大な宴となりそうです。
◆重層的なアイデンティティを持つ強み
ここ数年、在米インド系コミュニティは、マイノリティの中で際立って米国社会で力を持ってきた集団かもしれません。しかも、それは民主党から共和党に政権政党が交代しても、迅速かつフレキシブルに対応する勢いを持っているようです。そうした力の源泉はどこにあるのでしょうか?
数の力もあれば、人材の質の力もあるでしょう。さらに個々のインド人が持つ重層的なアイデンティティも米国社会と相性が良いのかもしれません。アジアという地域、インドという国といったアイデンティティに止まらず、宗教、言語、州・地域といった多様で重層的なアイデンティティを各々が有しているからこそ、インド系コミュニティは偏狭な結束ではなく、開放的なネットワークを築けるスキルに長けているのではないでしょうか。
[参照記事]
◎Indian-American trump card (2016年11月30日付IndiaToday)
◎USINPAC Hosts Dinner with Trump Transition Team Officials (2016年12月25日付indiawest.com)
[執筆:田中 静]
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