今回は、最近、時々目にするようになったSoE(System of Engagement)、SoR(System of Record)をテーマとして取り上げてみたい。ちなみに、SoEとは顧客との関係強化を目的に最新のインターネット技術を駆使したシステム群、SoRとは従来型のトランザクション処理を中心にしたミッションクリティカルな基幹システム群を指している。そして、この分類は米国のマーケティング学者ジェフリームーア氏のレポート(今後の企業ITのマーケットはSoEが主流なるといった)に端を発する。さて、このマーケティング観点での言葉が、近年、日本のIT業界でもアプリケーションのスタイルと伴に頻繁に使われるようになってきたが、本ブログでは、いつも通りユーザ企業側の立ち位置で、この分類がもたらす影響について考えてみたい。
まず、アプリをこの2つに分類する事で、経営に対して個々の投資目的を明確化することができる。BSC戦略マップで言うところの対顧客戦略か社内業務改善かがハッキリする。余談であるが、かつてBSCが登場した2000年頃には、対顧客を直接ITで支援できるシステムは一部のEコマースを除いて国内には殆ど存在しなかったが、この10数年でWEB受注を始めITを用いた顧客との直接連携はかなり進化を遂げた。このSoEがもたらす効果は社会のデジタル化とともにもはや無視できないものとなってきた。とは言え、ITによる業務効率化やガバナンス・コンプライアンス支援と言った社内向けのSoRの投資も経営を支える必要不可欠なものである。重要なのは、この攻めと守りのバランスであり、これをKPI化しその推移をウオッチするのが良いだろう。
ところで、この分類は上記の投資目的の明確化や、当面の適用技術・技術者の選定に役立つ一方で、次のようなマイナス効果も懸念される。それは、この分類がITマーケットでの売れ筋がどうなるかのベンダー視点に基づき、ユーザ企業の視点(エンタープライズシステムの行く末)には殆ど関知していない事に起因する。そもそも、企業システムを2色で分類するのはかなり乱暴である。そして、両者の過度なステレオタイプ化によって、適用技術や、適用技術者(プレイヤー)までもが二分化されるのは何としても避けたい事である。両者の極度な分離は企業システムの進化を妨げるとともに、いわゆるサイロ化現象の二の舞いとなる危険性をもはらんでいる。
私はかねてより、SoRに分類される基幹系システムでも定石通りのERPではなく企業のオリジナリティーを支援する独自システムが存在して良いし、SoEに分類されるシステムでも基幹系システムの技術を取り入れる事で課題が解決する場合もあると言ってきた。ウオーターフォール&OLTP、アジャイル&WEBアプリ、それぞれは異なる時代に出現した方法論&アーキテクチャなのでプレイヤーの世代が異なることは仕方ないが、エンタープライズの観点では両者はできるだけ混じった方が良い。でなければ、エンタープライズ・アジャイルなんぞは到底実現しない事になる。
当ブログシリーズでも、基幹系システムこそがそのアーキテクチャを変える時期に来ているのではないかと常々、訴え続けている。基幹系とて、世の中の変化や企業戦略に応じて柔軟に迅速に変更できた方が良いに決まっている。変更が少ないのはせいぜい会計システム廻りぐらいのもの。ブラックBOX化した巨大な密結合システムは、もはや身動きがとれなくなり、氷河期に滅亡したマンモスのような末路をたどる事になるのだ。であれば、基幹系もポストERPとしてのアーキテクチャが出現しても良いのではないか。触らぬ神に祟りなしと“ラッピング”し放置するのも悪くはないが、あくまで問題先送りの暫定対応にすぎない。
図1は、縦軸に堅牢性・データ一貫性、横軸に柔軟性・変更容易性を置いてSoE、SoRのおおよその領域とアプリケーション特性の向かうベクトルをASISからTOBEにどう変化したら良いかを表してみたものである。元来、エンタープライズシステムの観点から見れば、SoEは何も特別なものではなく、システムのスコープが社内から社外へ拡大したに過ぎないと捉える方が自然である。同様にIoTもデータの発生源が最先端に行き着いたと捉えればよい。
企業システムとしてはこれら全部が対象であり、これらの整合性をとりつつアジャイルにどうこなせるか?が課題なのだ。EAにおけるDA層はSoEで新たに捕捉したデータをSoRに加えて初めて価値が出る。また、TA層だけを取り換える“マイグレ”や、ブラックBOX化したロジックの“ラッピング”は、対処療法であり最終的には高額なコストに跳ね返る。つまりSoRの領域に手を付けないイノベーションは不完全燃焼を起こす。今こそ基幹系も巻き込んでイノベーションを起こす時なのである。
過去を辿れば、エンタープライズシステムは、部門最適<全社最適<企業グループ最適へとそのSCOPE拡大に伴って、全体最適の観点からいわゆるSoR部分をタイムリーに変更しビジネスに追従してきたのである。ここへきて基幹系システムを見離すわけには行かない。エンタープライズに死角があってはならない。何やらSoRを憂うような話になってしまった感があるが、SoEにおける新しい情報化技術が、疲弊した企業情報システムを再び活気付ける救世主となることを願ってやまない。