8月15日の独立記念日を終えるとインドは全国各地で祭りの季節を迎えます。8月末には南部ケララ州でオーナムが始まり、9月に入ると西のムンバイ、プネを中心にガネーシャ祭、東と北ではドゥルガープージャなどヒンドゥー教の大祭が各地で盛んに行われます。他の宗教・宗派も同様でインドの下半期は大小さまざまな祭事と祝事が目白押し。企業にとっては大商戦でそれがクリスマスまで続きます。
ここ数年、祭りの季節の大きな変化は、商取引でネット活用が急増したことです。インドの人たちの信仰心は昔もいまも変わりませんが、食品・衣服・アクセサリーから家電まで、祭りに伴うショッピング・スタイルは大きく変わりつつあるわけです。しかもこの変革は今後ますます加速します。そこで今回はインドのインターネットエコノミー成長の軌跡を俯瞰します。
◆インドIT革命の異次元成長
B2Cのネットエコノミーが盛んになる以前、インドは90年代に「異次元成長」とも言えるIT革命を経験しています。ソフトウェア輸出産業の急成長で2001年にはITサービス輸出額が62億ドル(約6,400億円)を超え、米国に次ぐ世界第2位のソフトウェア輸出大国となりました。しかし、いまでは当時の輸出額のスケールであれこれ大騒ぎしていたのが拍子抜けするほどです。その後もインドのITサービス輸出額は順調に拡大し、2015年時には1,080億ドル(約11兆円)規模に成長しているからです(NASSCOM調べ)。
IT関連での国内需要も堅調に伸びています。IT-BPM(ITビジネス・プロセス・マネージメント)産業規模は2015年時で前年比8.5%増の1,430億ドル(約17兆円)に成長しました。IT産業はいまやインドのGDP全体の8%前後を占めています。
◆インドのネットエコノミーはいつ始まったのか?
では、インドのインターネットエコノミーはいつ頃始まったのか? それはいまから21年前の独立記念日。1995年8月15日に当時の国際通信公社VSNL(2008年にタタ・グループが買収し、タタ・コミュニケーションズに社名変更)が個人向けのインターネット・プロバイダー事業を開始してからです。開始当初の通信速度は9.6kbpsから128kbps。利用料金の価格帯は年間5000ルピーから200万ルピー。接続方法はダイアルアップで利用地域は6大都市に限られていました。そんな環境でVSNLが獲得した契約者数は開始から半年間で1万人。そのほとんどは富裕層に限られていました。
個人ユーザーにネット利用が普及しはじめたのは、その翌年の1996年からです。そのきっかけはムンバイから始まったサイバーカフェの開店でした。当時、インドではソフトウェア企業が急成長していたものの、大手IT企業の技術者でも自宅にPCを有していないのが普通でした。自宅でネット接続は夢のまた夢の時代です。それゆえ、サイバーカフェは雨後の筍の如く各都市で増殖していきました。いまの日本でいえばネットカフェですが、90年代末のインドのサイバーカフェは公衆電話屋、チャイ屋、雑貨屋が副業で始めた薄暗い空間がほとんどで、料金は10分で数十ルピーといった感じでした。そこに汗臭い若者たちがたむろしてはメールの送受信やチャットやウェブを閲覧するという極めて庶民的な場所でした。しかし、こうしたサイバーカフェの普及があったからこそ、インドのネットエコノミー成長の素地ができてきたのも事実です。
米国で無料ウェブメールの先駆、ホットメールが生まれたのもこの頃です。ホットメールの創業者は、ベンガルール育ちのインド人青年、サビール・バーティア(Sabeer Bhatia)氏でした。1968年生まれの彼がホットメールを事業化したのは1996年7月4日。ホットメールは、わずか1年少しで100万人のユーザーを獲得し、ネット世界を変えました。その成功を基に2年後の1998年、彼はホットメールの事業をまるごとマイクロソフトに売却。破格の4億ドルという売却額を手にして一躍、時代の寵児となりました。
1998年の11月、インド政府がネット事業を民間プロバイダー(ISP)に開放したことで、Sifyなど民間ISPの時代がインドに到来しました。この頃にはインドのソフトウェアサービス企業が欧米企業のアウトソーシング先として確固とした地位を築き、インフォシス、TCS、ウィプロといったインド発グローバルITが急成長していきました。
◆始まったばかりのモバイル革命
YahooやMSNがインド版サイトを立ち上げたのは2000年。ウィキペディアのヒンディー版は2002年に始まりました。2004年には国営通信公社のBSNLがブロードバンドサービスを開始し、インドでもブロードバンド時代が始まりましたが、その拡大を牽引したのはリライアンス、タタといった民間企業でした。
フェイスブックは2006年、ツイッターは2007年にインドで事業を開始。いまでは両企業にとってインドは世界2位のユーザー人口を有する国になっています。スマホやタブレットがインドで普及しはじめたのは2010年以降でここ数年、インドではモバイル革命が起こっています。これと同時にネットバンクも2010年頃から本格化しはじめました。
2008年から2012年の4年間で、インドでは8,800万人のネットユーザーが新たに増えました。これにより2012年時のネット人口は1億3,700万人となりましたが、このうちの60%はPCではなくスマホ等のモバイルユーザーが占めています。2014年にはオンライン市場人口が世界3位となったのもモバイル人口急増が大きな牽引力となりました。インド・インターネット・モバイル協会(IAMAI)によれば、2016年6月時のインドのモバイルネットユーザー人口は3億7,100万人に増えています。このうち71%を都市在住者が占めており、今後、地方ユーザーが増えるのは間違いありません。
◆2020年のインド異次元成長
地方のネットユーザー人口に比例して増えるのがローカル言語によるネットサービスです。2015年6月時、インドの各州言語(非英語)サイトのユーザー数は1億2,700万人でした。これは前年比で47%増でした。グーグル・ニュースのヒンディー語版は2007年に始まり、その翌年にはタミル語、マリヤラム語、テルグ語など各州言語版が開設されました。ウィキペディアも同様にインドのローカル言語サイトの拡充を進めています。インドの地方ネットユーザー人口を急増に対応したグローバル企業の動きです。
都市から地方へ、英語から多言語へ──。こうした流れを基層にしてeコマース等をはじめとしたネットエコノミー市場規模は、2013年時でインドのGDPの3.2%を占めるまでになりました。NASSCOMの調査によれば、2020年までにインドのeコマース産業は340億ドル市場に拡大し、GDPの5%(2000億ドル)を占める見通しです。
2020年、インドのインターネットユーザー人口は7億3000万人に増加し、このうち2億人がネット決済を利用する見通しです。2015年以降の新規ユーザーの75%を地方・農村部が占め、2020年時のオンラインショッパー数は2015年時の3.5倍増の1億7,500万事業者に増えると予測されています。そしてこれらの商取引の70%が携帯・スマホ端末経由で行われる見通しです。
2020年といえば、日本ではもっぱら東京五輪の話ばかりですが、その頃、インドではインターネットエコノミーの時代が花開いている。しかも、その勢いは90年代のIT革命に匹敵する異次元的成長なのかもしれません。
[年表]インド・インターネットエコノミーの軌跡
○1995年 国営通信公社VSNL(現タタ・コミュニケーションズ)が公共向けインターネット・プロバイダー事業を開始(8月15日)
○1996年 ムンバイで初のサイバーカフェ開店。その後、全国でネットカフェブームがはじまる
○1997年 収益が上がるドットコム専門企業がインドに登場(求人サイトのNaukri.comなど)
○1998年 Sifyなど民間ネットプロバイダー(ISP)が事業開始。インド系米国人起業家による無料電子メール事業、ホットメールをマイクロソフトが4億ドルで買収
○1999年 ヒンディー語のポータルサイト等、非英語によるウェブサイトが出現
○2000年 情報技術法(ITA-2000)制定(電子商取引法整備)。ヤフー、MSNがインド版サイトを開設。ITCが農民向けネット活用事業、e-Choupalを開始
○2001年 インド鉄道がirctc.com開設(切符のネット予約)。ドットコム・バブルが始まる
○2002年 海底光ケーブル・システム建設開始。ウィキペディアがインド各州言語版を拡充
○2003年 エアテルがブロードバンド・アクセス事業を開始
○2004年 グーグルがインドオフィス開設
○2005年 インドのドメイン(.in)登録の事業化
○2006年 フェイスブックがインドオフィス開設
○2007年 ツイッターがインド事業開始。グーグルニュース・ヒンディー版が開始
○2008年 アップルiPhoneがインドで発売開始。グーグルニュース・各州言語版を拡充
○2009年 インド政府がネットにおけるインド言語の第4次公的政策を策定
○2010年 通信事業者への3G入札開始
○2011年 MNP(携帯番号ポータビリティ)開始。IIT(インド工科大学)各校がオンライン講義を開始
○2012年 インドのネットユーザー人口が1億3700万人超に(うち6割はモバイルネットユーザー)
○2013年 インドのネットユーザー人口が2億3800万人超に
○2014年 3G契約者数が8200万人に。オンライン市場人口でインドが米中に次ぐ世界3位の市場に
○2015年 政府「デジタルインディア」プロジェクトを発表
[参考資料]
◎NASSCOMレポート「The Future of the Internet in India」(2016年8月)
※同レポートはNASSCOMサイトで会員登録の上、無償でダウンロード可能です。
[執筆:田中 静]
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