今回のテーマは、昨今の企業システムが招く“スラム化”の問題とその対策について、やや辛口で綴ってみたい。なお、スラムという言葉からご察しの通り、本ブログでは、企業システムを、私が常々性質が似通っていると考える“都市”に例えて話を進めてみたい。
スラム街とは都市の周辺に出来た貧困層の密集地帯で、通常の公共サービスが受けられない荒廃地区を指す。これらは“大都市“の周辺にあるのが特徴である。この状態は企業が最新のシステムを矢継ぎ早に取り入れた結果、その周りに古いシステムが取り残された状況によく似ている。そして、この現象はふんだんなIT投資が認められる”大企業“でより顕著である。
スラム街は、都市部で溢れた労働者がインフラが整っていない地域に無秩序に住み着き、やがて道路が塞がれ、消防車もゴミ収集車も入れなくなり、火事が多発し、ゴミの山が築かれ、伝染病が蔓延する。一方、企業システムのスラム化も、無秩序なシステム構築の結果、データの流通がスムースに行われず、やがてシステムトラブルが多発し、ビジネスの足を引っ張るようになる。
両者の共通点は言わずもがな計画性のなさが大きな原因となっている事である。スラム化を防ぐためにはまず都市計画ありきである。長寿を誇る大都市においては、いずれも優れた都市計画がある。古くはネッサンス時代のイタリアの都市、パリのシャンゼリゼ通り、日本の平安京等、そのアーキテクチャは異なれども、いずれも将来構想についてよく考えられている。
さて、企業システムではどうであろうか?最近でこそ、IT中期計画を立てる企業が増えてきてはいるがどうだろうか。目の前の大型の開発計画はあっても、10年後のあるべき姿をベースとした綿密なIT計画が描けていないのではないだろうか。ITの将来計画は、まだまだ都市計画のレベルには達しておらず、殆どが成り行きまかせなのである。
話は少しそれるが、計画性が欠如したスラム街の中でも逞しい人々が地域密着の小規模な自営のコミュニティを形成するケースもある。さしずめ、情シス部門が統治できなくなり、ユーザー部門が自前で形成する“シャドウIT”がこれに相当する。しかし所詮、ITを生業としないので人事異動で組織は自然崩壊し、再び暗黒時代に舞い戻る。
話を戻し、計画立案の次に行なうべきことは何であろうか?それは計画から外れて思わぬ方向に行かない為の法制面の整備である。都市は都市計画法によって、利便性や景観などの秩序が守られている。そして責任の所在は国や地方公共団体である事が明記されている。一方の企業システムには何かのルールが存在しているだろうか?少なくとも、アーキテクチャー(構造)に関しては存在していないのではなかろうか。進化が速いTA(Technical Architecture)はともかく、普遍性の高いDA(Data Architecture)についてのルール化は十分可能である。また、責任の所在についてもきわめて曖昧である。IT戦略立案をミッションとしている部門が社規社則や稟議規定の中にIT企画に関する細則を掲げ、この適正運営をモニターできているだろうか?CIO(情報システム責任者)はその遂行に責任を取れるだろうか?
これらの問いにはっきりとイエスと言える企業は少ないであろう。このように、企業システムはまだまだ未成熟であることがよく分かる。近年、欧米ではIT成熟度(マチュリティ・レベル)評価がよく取り沙汰されている。これは、秩序あるITを計画/実行する為に必要な各要素を設定し、それぞれに対してランク付けを行い、企業のIT成熟度を測るモデルである。これにより自社のIT企画・運営力を客観的に知ることができ、井の中の蛙にならずに済む。そろそろ日本の企業もクールに自社のITの成熟度レベルを診断する時期に来ているのではないだろうか。
最後に、もう一度、スラムの発端が都市部から溢れた労働者である点に着目してみたい。これは突き詰めると労働力の需要と供給のアンバランスから生まれている。同様にITスラムも、ビジネスの要求(需要)を的確に理解し、相応しいサイズのシステム化(供給)をして行けば防ぐことができるのではないだろうか。その為にはシステム開発を丸投げするのではなく自社でコントロールすることである。それでも徐々に企業システムが汚れて手の施しようがなくなった時はスラムの撤去とともに再構築に移るしかない。この先の再構築手順については、”緩やかなマイグレーション”というテーマで、本ブログシリーズに一貫して取り上げてきたので、バックナンバーを参考にされたい。
できるものなら、スラム化する前にITガバナンス体制を整備しておきたいものである。