今回は企業のM&A(Mergers(合併)and Acquisitions(買収))の際に、どのようにモデルを用いてシステム統合のシナリオを描くかについてお話したい。また、本ブログシリーズではあまり登場しない“CIOの振舞い“にも少しだけ触れてみた。幸か不幸か私は30年間のユーザ企業システム部門生活の中で、大小6つのM&A対応を経験している。会社統合パターン別に分類すると、自社への吸収合併が2件、相手先への吸収合併が2件、50-50%出資の新社設立が2件で、その規模は大小半々といったところ。この会社統合パターンと規模の組み合わせによってほぼシステム統合のフレームは決まって来るが、新社のITアーキテクチャはまさにEA(エンタープライズ・アーキテクチャ)におけるモデリングアプローチにより決定される。本ブログではPM的観点には触れず、システムアーキテクチャ設計に絞って説明したい。
第1フェーズでは新社のAA(Application Architecture)を描く。AAの図表現はバックナンバー2014.7.1「AA(アプリケーション・アーキテクチャ)への入り口」で用いたもので良い。まずは両社(3社以上でも可)のAA図を描くところから始まる。既存のAA図が無ければ統合プロジェクトで素早く作成する。このAA図はあくまでも細部にこだわらない事が肝心だ。次に両者のシステム併合案(図1を参照)を描くが、この図がM&Aシステム統合の最重要成果物であり、この1枚がシステムのみならずM&Aの雌雄を決定づける。CIOにとってこの場面は数少ない会社を代表しての大一番である。そして私の経験から統合のセオリーは以下の3つである。①会計システムをはじめとするバックオフィスシステム(OAアプリも含む)は統合スキームの存続会社側に片寄せする事。②工場や現場系のオペレーション主体のシステムは現場の事業継続性を最優先して決定する事(相手由来のバックオフィスとの連携はブリッジを作成)。③新社スタート後のあるべき姿を描き、そこへ向けてSTEP別移行計画を立てておく事。①~③いずれもビジネススキームがシステムアーキテクチャを牽引することに変わりはない。(図1参照)。
読者の皆さんは「そんなの当たり前じゃないの?」と思われるかも知れないが、現実にはビジネス側からの様々なプレッシャーやノイズが降りかかる。CIOの次なる出番はここで、業務分科会の外圧に屈する事なく上記セオリーを貫くことが大事だ。無理難題を突き付けられた際は「X-DAYに業務が回らなくてもいいのですか?」とクールに言い放つ事だ。そして、(受入側、送出側)どちらの立場でも“新社のビジネスにとって何が最適か”だけを考える事だ。“誤った自社のひいき“に惑わされてはならない。どうでもいいようなOAアプリも案外もめるネタになったりするが、クラウド化で両成敗もありだ。
話を戻し、第2フェーズでは新社のDA(Data Architecture)を設計する。まずは両社の論理データモデル(主にマスタ系)を描くところから始まる。こちらも既存の概念ER図がなければプロジェクトで素早く簡潔に作成する。そして両社のデータモデルのFIT&GAPを行なうと同時に、コード変換やエンティティの汎化/特化といった(存続会社に向かった)モデル変換ロジックを設計する。このロジックは片寄せ箇所ではデータ移行時のセットアップデータ変換として用いられ、ブリッジング箇所には常設のデータコンバータとして用いられ、それぞれの実装に繋がる設計ドキュメントとなる。
第1、第2フェーズの設計が終了すれば、ひたすらX-DAYに向けての実装とテストを残すのみである。インフラ環境についても(調達リードタイムが長いものは先行する必要があるが)この段階でAAに基づく最適なものを用意することになる。そしてこれから先CIOはビジネス側への安心・安全の報告と、プロジェクトメンバーへの応援と労いに邁進すれば良い。
最後に、本ブログではM&Aのシステム統合に言及したが、システム以外の面では綺麗ごとでは済まない事だらけであることを付け加えておきたい。M&Aは歴史と文化が異なる2つの組織の合体であり、そこには生身の従業員がいる。経営者が頭でっかちに考えるより遥かに現場(工場、営業など)でのストレスは大きい。企業システムは“経営と現場”の両者が満足する設計でなければいけない。統合時の情報システム分科会は最大限に細やかな配慮が必要である。