今回は前回掲載のエンタープライズHUBのうち最初に取り組むものとして、マスタHUBをご紹介する。マスタ・データは、文字通りビジネス・システムにおける要(かなめ)である。データベース設計の基本である One fact in one placeといった技術的観点はもとより、エンタープライズ・アーキテクチャ(EA)における全社システム構造を考える際にも、中核となる最重要パーツである。
バックナンバーである“EAの形“にも書いたが、企業システムを物体にたとえて形を描くとすれば、世界中に同じものは2つと存在しない。そのオリジナリティの源泉に相当するものがマスタのエンティティ・タイプ(クラス)である。エンティティ・タイプのバリエーションはビジネスモデルの複雑さを表し、エンティティ属性の”XX区分“や”XX分類“はビジネス・ルールの1つ1つを表す。
全社システムに存在する各種マスタは、その共用度合いに応じて、個別システム内で閉じたレベル(R1)、システム間をまたがるレベル(R2)、企業間をまたがるレベル(R3)の3つのレベルに大別できる。そして、1企業のEA構築においてはR2にあるマスタの一貫性維持が重要となる(R3の説明はここでは省略する)。R2に該当するマスタには取引先、製商品、自社組織といった取引に必要な基本情報が挙げられる(自社組織と取引先を汎化して“組織”とする事も有)。これらの基本情報が異なるシステム間で不一致を起こしていては、各々のシステムのアウトプットの品質に問題が生ずることになるので、どのシステムにも同一の精度、鮮度を保証したマスタ・データを送り届ける必要がある。
上記のマスタ・データを送り届けるいわば“心臓”の役割をなすものが、マスタHUBである(図1参照)。HUBは最新のマスタDBの正本を保有し、ここから新鮮なマスタ・データを各種のシステムに送り出すポンプとなる。ターゲットシステムに対しての同期方法は、DBMSのReplicationを用いる密結合と、変更差分を送り転送先で更新する疎結合の大きく2通りがある。なお、マスタ・データの発生源は別の場所にあり(心臓は血液を作らない)、多くは最初に当該マスタを利用する業務アプリケーション(取引先であれば受発注システム、勘定科目であれば経理システム)が発生源となる。また、メーカにおける製品マスタのように、製造~販売へと組織横断で属性が決定されるマスタはアプリケーション非依存での独立したワークフロー付き入力システムが発生源となるものもある(図1のMMS)。おおよそのマスタHUBの概要は以上であり、この部分を狭義のMDMと捉えている。広義のMDMはデータ・スチュワードによるマスタ・データのクレンジングや社内オーソライズといった人間系業務も含むマスタ・データ管理全体を指すが、今回の説明では割愛する。
さて、EAを論じる際に、システム間のデータ連携がない各システムが孤立した状態を、牧草を貯蔵する“サイロ”にたとえることがある。マスタ同期がとれていない全社システムは典型的なサイロ化と言える。システム全体が小規模なうちは、各システムのマスタを人手で同期することが可能でも、ある規模を越えたら難しくなりコストが増大する。
まずは、ある1つのマスタからスモール・スタートすることをお勧めする。データHUBのメカニズムはさして難しいものではない(パッケージではなく自社開発も可能)。寧ろ共通マスタのモデリングやデータの意味のオーソライズの方が厄介であるが、ブラックBOX化したシステムの可視化は避けては通れない。地道に根気よくやるしかない。
次回、マスタHUBの次に重要となるトランザクションHUBのお話をしたい。