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前回はプロジェクト・リスクには「個別リスク」と「プロジェクト全体リスク」という二つの視点があり、それぞれの扱い方が異なるということをご紹介しました。概念的な説明だけでしたので、まだまだ「プロジェクト全体リスク」をどのように扱えばよいのか?が引っかかっていることと思います。
今回は「プロジェクト全体リスク」を現実のプロジェクトでどのように扱うのか、具体例をいくつかご紹介します。
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「プロジェクト全体リスク」の具体例に入る前に、「個別リスク」と「プロジェクト全体リスク」の関係を確認します。図1で示すように、プロジェクトにはさまざまな「個別リスク」があり、それぞれの「個別リスク」はプロジェクト最終結果に影響します。
この図を見ると、すべての「個別リスク」を合わせれば「プロジェクト全体リスク」と同じになるように思われます。しかし、考えられる「個別リスク」をすべて洗い出して対策することで、「プロジェクト全体リスク」が無くなる(すなわちプロジェクトが成功する)と自信を持っていえるでしょうか?
このような積み上げのアプローチだけでは「個別リスク」の取りこぼしやプロジェクト状況の変化などに対応できず、プロジェクト全体のかじ取りが思うように行かない恐れがあります。よく言われるように「木を見て森を見ぬ」マネジメントに陥ってしまいがちです。『プロジェクト・リスクマネジメント実務標準』でも「プロジェクト全体リスクはプロジェクトの個別リスクの合計より大きい。」と言い切っています。(※1)
つまり、プロジェクトを成功に導くためには、リスク一覧表にあげたすべての「個別リスク」に対応するだけでは不十分であり、「プロジェクト全体リスク」に対する別のアプローチが必要になってくるのです。
「『個別リスク』への対応だけでは、『木を見て森を見ぬ』リスクマネジメントに陥る!」
それでは「プロジェクト全体リスク」の扱いかたの具体例をいくつか紹介します。ここではその「見える化」の方法に焦点をあてます。
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「プロジェクト診断」という言葉を使いましたが、「プロジェクト・アセスメント」、「プロジェクト・リスク監査」・・・などと概ね同じ目的を持って行われる取り組みのことです。その目的は「プロジェクト全体リスク」をあらかじめ定められた評価項目で評価することで、プロジェクトを着手(続行)してもよいか、なんらかの対応(計画変更など)が必要なのか、プロジェクトを中止すべきなのかなどの意志決定を行うためのものです。
この取り組みは人体で言えば健康診断のようなもので、いろいろな検査項目について専門家が客観的な基準をもとに評価します。健康診断により健康リスクを評価することで、目に見える症状が出ていなくても治療を行ったり、再検査や経過観察などのアクションに関する意志決定を行います。
「プロジェクト診断」の実施方法はさまざまですが、プロジェクト関係者へのインタビューやプロジェクト計画書などの関連文書を閲覧して、プロジェクトの課題や弱点を抽出することで「プロジェクト全体リスク」を査定します。この取り組みは「可能な限り客観的かつ専門的に執りおこなう」ことが必要です。(※2)
図2では、PMBOKの九つの知識エリアごとにプロジェクトマネジメントに関するリスクを評価しています。このような評価を定期的に(たとえばステアリング・コミッティ開催に合わせて)行うことで、プロジェクトの最終結果を予測し意志決定を行うのです。
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特に大規模プロジェクトの場合プロジェクトが失敗した場合の影響は測り知れないため、プロジェクトの開始時点で徹底的に「個別リスク」を洗い出して、リスク対策を実施します。洗い出した「個別リスク」は数百にのぼることもあり、その対応は階層わけするなどして分担しますが、数が多すぎて「プロジェクト全体リスク」の度合いを把握することが難しくなります。そのような場合は、それぞれ「個別リスク」の発生確率と影響度をもとにスコア付けし、カテゴリーごとにスコアを集計して、「プロジェクト全体リスク」を数値化する方法を取ることがあります。(※3)
図4で示すように、集計した「プロジェクト全体リスク」のスコアをグラフ化することで、プロジェクトの進展につれて、プロジェクトの最終結果の振れ幅が小さくなっていることを確認することができます。「個別リスク」の積み上げだけでは漏れがあるかもしれないことを考慮し、この例では「プロジェクト診断」による評価結果も加味しています。
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「プロジェクト全体リスク」を「見える化」する目的は意志決定です。一般的に組織としての意志決定を行う上で最もインパクトが大きいのはコストです。組織としての意志決定を促すために、プロジェクト最終結果の振れ幅をコスト換算してみるのがこの取り組みです。
トム・デマルコ氏はモンテカルロ・シミュレーションを用いたリスク図により「プロジェクト全体リスク」を「見える化」することを推奨していますが、ここではもう少し簡易な方法を紹介します。(※4)
リスク一覧表にすべての「個別リスク」があがっているわけではないため、「プロジェクト診断」の評価結果を評価コストに加算しています。算出した評価コストは、あくまでも「プロジェクト全体リスク」の大きさを直感的に示すための仮の数値であり、プロジェクト全体費用に対してどれくらいの振れ幅があるかを意志決定者に示すことが目的です。従って、リスク発生時の影響が直接コストではなく、スケジュールや品質に対するものだとしても、あえてコスト換算して共通の物差しで測れるようにします。
図6は「プロジェクト全体リスク」の評価コストの推移を示しており、この例のようにプロジェクトの進行に伴ってリスク評価コストが小さくなっていく姿を示すことで、ステアリング・コミッティのメンバーも安心して頂けることと思います。
さあこれで「プロジェクト全体リスク」の取扱い方がわかったでしょうか?大規模プロジェクトであれば、おそらく同じような取り組みを既に行っていると思います。前述の通り「個別リスク」を数多く抽出して対策するだけでは「木を見て森を見ぬ」リスクマネジメントに陥ってしまいかねません。プロジェクトを成功に導くためには、「プロジェクト全体リスク」についてもしっかりと監視していく必要があります。(※5)
それでは次回もお楽しみに! < 前回 | 目次 | 次回 >
工藤武久
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※1 前掲『プロジェクト・リスクマネジメント実務標準』
※2 「プロジェクト・リスク監査」については、以下文献参照
・ポール・S・ロイヤー、峯本展夫訳『プロジェクト・リスクマネジメント』生産性出版
なお、前掲『プロジェクト・リスクマネジメント実務標準』では、「リスク監査」を「プロジェクト・リスクマネジメント」の有効性評価という狭義の意味で用いていることに注意。
※3 リスクのスコア付けの実例については、以下文献参照
・大和田尚孝(2009)『システム統合の「正攻法」』日経BP社
※4 前掲『プロジェクト・リスクマネジメント実務標準』では、「定量的リスク分析は、プロジェクト全体リスクの見積りを計算することに焦点を当てている。」と言い切っています。
※5 今回ご紹介した具体例はあくまでも架空のプロジェクトのものであり、また、説明の都合でアレンジしているため、実プロジェクトにそのまま適用することはできませんのでご注意願います。