ここ数年のコンサルティングの現場を眺めてみる。以前と比べて難易度が高いITプロジェクトばかりである。しかし、エンジニアの実力は不足しており、しかもなかなか向上している様子がない。ITプロジェクトの現場は、慢性的な実力者“できる人”不足に陥っており、プロジェクトは困難な状況になっていることが多い。IT業界では人手不足(量)がよく語られる。しかし、語られるべきは、人材不足(質)、育成不足、方針の欠如なのだ。
IT業界で様々な失敗分析がされている。結論は、人やプロジェクトマネジメントの問題として結論づけているようだ。確かにこの視点は間違いではない。が、これでは本質的な課題に到達できないだろう。
私の経験では、大失敗プロジェクトを分析するとその8割9割までが、プロジェクト開始段階での重大な設計ミスに原因がある。例えば、不適切なデータ分析とデータ設計、プロジェクトの丸投げ、アーキテクチャのレビューが行われない、アプリケーション構造上の欠陥、ERPとカスタマイズの不適切な切り分け、他システムとの整合性不良で移行不能など・・・・
これらは、すべて、設計力(いいかえれば、アーキテクトの問題)に起因する問題である。当たり前だが設計力がないから重大な設計ミスが起こるのだ。ここでいう設計力とは、俯瞰力・判断力と言い換えても良い。なぜ設計力がないのか、それはプロジェクト責任者や企業の認識不足による問題である。
次に、認識不足について考えてみよう。ITプロジェクトの難易度上昇の課題は、日本、英国、米国、など成熟国に共通にみられる現象であるが、香港、シンガポールなどでも見られる。建築土木の世界に置きかえて説明すると分かり易い。
日本でのITの環境は、まさに大きな施設を建設しようとする東京駅や渋谷駅の状態に近い。華やかなショッピングモールの下には、鉄道や地下道、複雑に誘導路が張り巡らされ、更にそこには電気、水道などのインフラが網の目のように配置されている。そこに人の流れを意識して設計された商業施設、住居、オフィスなどが美しくデザインされている(そう信じたい)。複雑でありながら統合されたデザインとでも言いうるのではないか。
しかし、本当にデザインされているならば、そこに、もう一つの高層ビルを建設する、あるいは、あらたに鉄道を通すことは、そう困難ではないだろう。大企業が持つITの実態は、渋谷駅や東京駅の状態のシステム群に新たな複数のプロジェクトを実行しようとしている状況に近い。状況の認識不足は、最終的には経営者の認識不足という意味である。
我々は、古い町を大改修したり、新たに大規模な住居やオフィスビルを建設する場合、都市計画のできるデザイナーをアサインし、模型や俯瞰図を作成し、十分な検討をしたうえで、建設するではないか!また、デザイナーは、美しさや環境についても長期的な視野で考え抜いて仕事をするではないか!
日本で巷間言われる「できる人材」は、せいぜい、一戸建てを立てたことがある人か、個別の商業施設、個別の10階建てのオフィスビルなら自信があるという人であって、先に述べた東京駅や渋谷のような都市計画をデザインできるノウハウ、技術、経験を持っている人はめったにいない。これが現状である。
私が、求めているのは、都市や町全体を設計しその中でプロジェクトを進められる人材である。私は、ITにおける“都市計画”ができる人を本当のITアーキテクトと呼んでいる。都市計画(IT全体の設計)にビジョンを持ち、美的センスや高い技術を持って街づくりを俯瞰し、考え抜き、筋の通ったポリシーで何をすべきかを判断する。新しい町を古い町並みをあえて残しデザインするのも悪くない。また、全く新たな考えで創作するのも良い。我々は、夢とビジョンを持つ「本物のITアーキテクト」を必要とするのだ。
私は、建築土木のデザイナーにできて、ITの世界でできない筈はないと考えている。
そのためには、ITアーキテクチャのデザインが必須なもので、この仕事をまともにできる俯瞰力、判断力を持った人材は、世の中にほんの一握りしかいないことを、まずは“認識”する必要がある。プロジェクト管理の問題に逃げるのでは無く、人材は、必要なら育てる!ことが本筋である。
プロジェクトの失敗は“できるITアーキテクト”不足に起因し、“できるITアーキテクト不足”は、その仕事の重要性についての認識がないことに起因する。
経営者、CIO、人事の方々にお願いしたいのは、「アーキテクトは、自分達で育てる」という認識を持つということである。
次回は、アーキテクトの仕事は、どのようなものか考えてみよう。