前回、目標とすべき人物像を示す上で、多くの会社では、全部署共通の定義をしているために抽象的過ぎたり、スキル(職能)を定義しているために、見る人によって勝手な解釈を許したりする、という問題点を説明しました。
では、専門分野についても出来るだけ具体的で、かつ、読み手が都合の良い解釈をしてしまわないような人物像をどうすれば表現できるのか考えてみます。
まず、マネージャの皆さんなら“スキルとはそもそも、社員としての役割や責任を果たし、会社の成果に貢献するために必要な道具でありスキルの獲得が最終的な目的ではない” ことに既に気が付いていると思います。(もちろん成果の形は売上や利益だけではありませんが)
だとすると、どのようなスキルを身に付けるべきかを知るためには、その前に仕事で求められる役割や責任を知らなければなりません。
つまり、“自分に求められる役割や責任を果たすためにどのようなスキルが必要か”という文脈で考えなければ、本当に身に付けるべきスキルが何かを導き出すことが難しいのです。
そうでなければ、役割や責任を果たさなくてもスキルが高いと主張できればOKになってしまいます。
つまり目標とすべき人物像を描く時には、まず始めに「役割と責任」で表現するのが良いようです。 実はこの「役割と責任」で人物像を表現するのは、今まで様々な企業やIT組織で人材育成のお手伝いをした結果、非常に良い方法であると評価をいただいています。
さてそれでは「役割と責任」でどのように人物像を表現するか、順を追って具体的に考えてみましょう。
役割と責任を書き始める前に、そもそも組織の中で社員がどのような役割分担を行っているか、すなわちどのような職種が存在するのか整理する必要がありそうです。
既に世の中には、公開された職種やスキルの定義もありますが、初めはあまりそれらを気にせずに、実際の自社の職務分担を整理する程度の気持ちで結構です。
この時のポイントは、あまり細かく職種を分解しないことです。
さて、職種を整理したらその次は、職種ごとに会社として達成が望まれる役割と責任を文書化します。
この時、いきなり役割と責任を文書として表現しようとすると、意外に難しいことに気が付きます。そんな時にお勧めするのが、仕事の振り返りです。
手始めに、組織として遂行すべき仕事の始めから終わりまでを振り返り大まかなプロセスに整理します。
プロセスが整理されたらその次に、そもそも何のためにそのプロセスを遂行するのか「目的」を振り返って文書化してみてください。実は、この「目的」を考えることが、役割と責任を文書化する時のコツなのです。
考えてみればあたり前かもしれませんが、いくらそのプロセスを遂行しても「目的」を達成できなければ遂行した意味が失われてしまいます。参考に、少し事例を紹介します。
この事例では、始めに目的をかなり簡潔に表現しました。プロセスを整理していく過程でどうしても表現が細かくなりやすいので(特に技術者出身のマネージャはその傾向が強いようです)、最初からあまり細かくしないことがコツです。
余計な修飾を取り払って、出来るだけ簡潔に表現するとどうなるか考えることは、役割と責任の本質を振り返る上でも良いきっかけになります。その後で様子を見ながら内容の詳細さを調整してください。
上記で整理されたプロセスの一つひとつについて、その「目的」に責任を持つのはどの「職種」なのか考えてみます。具体的に割り当てていくと、複数の職種が同じプロセスで責任を持っていたりします。
その時には、もう少しプロセスの目的を分割して、職種ごとに責任を持つ事柄を分けてみてください。
一度にゴールまでたどり着くのは難しいですから、試行錯誤しながら振り返り、整理するのがポイントです。
参考に、ある企業で整理された職種とプロセスのイメージ図を紹介します。
非常に大雑把なイメージで恐縮ですが、実際に中身まで考えると、これだけの大まかなくくりでも結構大変な作業になることは想像していただけると思います。
また、この図をぱっと見て、“おや”と思う方もいると思います。“巷でよく聞く職種が含まれていないぞ”と思われるかもしれません。
実はこの企業では、私がお手伝いする前にかなり細かく職種を分けて人物像を定義していたのですが、その結果、一人ひとりの技術者が非常に狭い専門分野の中でものを考えるようになっていました。そのため、もっと広い視野で仕事をとらえて欲しいという思いを込めて、マネージャの皆さんが大胆に職種を減らして定義し直したのです。(余談ですが、昨今、職種/役割の細分化による弊害を感じている組織はかなり多いのです)
ここまでの取り組みを一通りやると、職種ごとに担うべき役割と責任が概ね整理できてきたはずです。後は、その内容を文書としてまとめることになります。
実際にやってみた事例を一部紹介します。
ここに書かれた内容は一部ですが、役割と責任を達成するためには、かなりの実力が必要であることがお分かりいただけるでしょうか。(私はこれを職務定義と呼んでいます)
更にもう一歩進めて、読み手に都合の良い解釈を許さないための工夫を考えてみます。
ある企業では、コンサルタントを職種として定義しましたが、その職務定義に以下のような一文があります。
“顧客の抱える課題やニーズを明らかにし、当社の強みやメリットをアピールできるサービスを提案し受注を獲得する。”
この文章のポイントは、最後の“受注を獲得する。”です。この一言が無いと読み手は“自分はきちんとやれている”と感じることが多くなります。ここまで書かれると、受注を獲得したという実績が無ければ自分が役割と責任をきちんと果たしているとアピールしづらくなるわけです。いかがでしょうか。
さて、人物定義はこれだけでは終わりません。そもそも、一気にこのような人物になることは不可能ですから、仕事を経験していく中でどのような段階を経てこのような人物になって行くのか示すことが必要になります。
職種ごとに何段階かにレベルを分け、初級レベルの人材が最初はもっと狭い役割範囲と軽い責任を示す文書表現から始めて、レベルが上がるごとに徐々に役割が広がり責任が重くなり、最終的にこのような人物になる様子を示します。
やってみると分かるのですが、実は、レベル分けを5段階以上にしようとするとかなり苦しくなり始めることに気が付きます。5段階を越えるあたりから、一つ上と一つ下の違いが微妙になって違いが分かりづらくなるのです。(機会があれば是非やってみてください)
さて、そこまでできれば後は職務定義を軸にして、そのような役割と責任を果たすために“どのようなスキルが必要か”、“どのような教育が必要か”と考えやすくなるのです。
さて、第2回目はここまでです。
次回は、もう一つのテーマ「どうやってスキルを身に付けさせるのか。」を考えてみます。
(つづく)