私は、今まで多くのIT組織で人材育成のお手伝いをして来ました。また、その他にも様々な機会を通じて人材育成のご相談をいただくことが多いのですが、実に多くのマネージャが人材育成に行き詰まり悩んでいるのが伝わってきます。
実は、私もかつては技術者の育成に悩んだマネージャの一人です。
私は、幸運にも?様々な機会に恵まれ、根っからのIT技術者であると同時に、日本企業と外資系企業の両方で人材育成や人事制度の改革などに深く関わることができました。
長い間少しずつ現場で人材育成を工夫しながら、ようやく人材育成を体系的に捕らえることができるようになってきたと感じています。
本連載では、私の経験談も織り交ぜながら、“技術者をきちんと育成をするために何が必要なのだろう”と悩んでいるマネージャの皆様に、多少なりとも参考になるヒントを提供できればと思います。また、連載の後半では、組織として戦略的に人材を育成するテーマについてもご紹介する予定です。
今回ご紹介する内容は、IT組織のマネージャ以外にも参考にしていただけるのではないかと思います。
最初に、私も含めて多くのマネージャが抱えている悩みの代表的なものを振り返ってみましょう。
まず、人材育成というとすぐに思いつくのは、教育研修だと思います。
世の中には実に多くの教育研修があるのですが、そもそも“誰にどの研修を受けさせるべきなのか”が良く分かりません。では、どうしたら“誰にどの研修を受けさせるべきなのか”が分かるのでしょうか。
また、せっかく高い費用を捻出して行かせた研修の受講報告に、“あまり役に立ちませんでした”と書かれてがっかりすることも度々です。それは、まだましな方で、報告もせずにやりっぱなしの事例も少なくありません。せっかくお金を使って行かせた研修が良かったか悪かったかも分からないし、そもそも行ったからには何か変わったところを見せて欲しいのですが、そこまで細かくフォローできそうにありません。
そう言えば“研修を受講した後に何をすべきか。”をあまり深く考えたことがありませんでした。
問題はそれだけではありません。
仕事で忙しい現場では、“そんな暇はない。研修で知識は獲得できるけど本当のスキルは獲得できない”といったせりふを良く聞きます。マネージャとしては“そうではない”と言いたいところですが、かつては自分も仕事に追われてそんなせりふを吐いていたことを思い出します。だからと言って、仕事をやり続ければきちんとスキルが獲得できるのか、と言えばそうとも言い切れません。自分はどのようにしてスキルを獲得したか振り返ってみても、かなり我流でスキルを獲得していて、部下に同じようにやらせようとしても多分うまくいかないような気がします。そもそも自分以外の人間に“どうやってスキルを身に付けさせるのか”あまり良いアイデアがありません。
書き始めるときりがありませんが、これらの悩みはかつての私の悩みでもあり、今までに相談されてきた多くのマネージャから寄せられた悩みでもあります。このように、マネージャは、あまりに色々なことを“仕事の片手間”に考えながら答えを見つけ出していかなければなりません。この時点であきらめてしまうマネージャがほとんどのような気がします。私の場合も冒頭に書いた“幸運?”がなければ、きっとあきらめていたでしょう。
実は、先に書いた三つの悩みを整理してみると、人材育成を“きちんと”やり遂げるための大きな枠組みにたどり着くことができます。では、いきなり解決方法を考える前にちょっと悩みを整理してテーマを明確にしましょう。
“どうしたら誰にどの研修を受けさせるべきなのかが分かるのか。”
もちろん人材育成は教育研修が全てではありませんから、研修を育成と置き換えて“どうしたら誰にどのような育成を行うべきかが分かるのか。”と言うテーマに置き換えてみます。
“研修を受講した後に何をすべきか。”
多分、研修を受講した後だけでなく、研修の前にも何か準備が必要でしょう。と考え始めると、研修だけで考えてもダメだし、前後のことだけ考えてもダメそうです。 もう少し広く考えて“そもそも、人材を育成するためにどのようなプロセスが必要か。”と言うテーマに置き換えてみます。
“どうやってスキルを身に付けさせるのか。”
これは、あまり言い換える必要はなさそうです。
教育研修と仕事をうまく組み合わせることが良さそうだと言うところまではなんとなく考えるけど、そこから先をあまり深く考えたことがありませんでした。
更に、研修や仕事だけでなく、他にもスキルを獲得させるために何か良い手段、方法がないかも考える必要がありそうです。
やはり人材育成を“きちんと”やり遂げるためには、それなりの準備や道具が必要ということです。
それではさっそく整理してみたテーマを掘り下げつつ、解決方法を考えてみます。
1.どうしたら誰にどのような育成を行うべきかが分かるのか。
一人ひとりの人材に適切なタイミングで適切な育成活動を指導するのは、非常に難しいテーマです。そもそも、部下が一人前に仕事をするためにどんなスキルが足りないのか、少人数ならばまだしも、人数が増えてくると全員について正確に把握するのは無理があります。仕事の中でどんな問題を抱えているのか、上司がいつもそばに居て見ていることもできません。そもそも、マネージャは、上司や先輩に一々助言されなくても、分からないことをそのままにしておくことが嫌で、自分で調べ、自分でやってみてスキルを身に着けてきた方が多いようです。ですので、まず自分の足りないところは自分で考えてもらう必要がありそうです。でも、そもそも自分に何が足りないか分からないから困っているわけです。
“今の自分に何が足りていないか。”を知るためには、そもそも“自分は何を目指しているのか”を知る必要があります。つまり、自分が目標とする人物像を理解している必要があるわけです。ここで改めて振り返って見ると、目標とすべき人物像を技術者(社員)に対して具体的に示している組織は以外に少ないのです。たまに人物像を定義している組織で内容を拝見してみると、以下の問題点が確認できます。
一つ目は何が悪いのでしょうか。
社員が目標とする人物像は、ある程度具体的な内容であることが望ましいのですが、全部署共通の人物定義では、自分の担当業務や専門分野について会社から何が求められるのか書かれていません。どの部署の社員が見ても通用するような、社員(社会人)としての基本的な態度や仕事に対する姿勢が書かれることになります。
そのような文書だけでは、“良い人になれ”とだけ言われているようで、意味は分かってもあまり具体的な行動に結びつきません。
それでは二つ目は何が悪いのでしょうか。
専門分野(職種)に関するスキルがきちんと定義されている事例であれば申し分無いように思えます。ここで問題になるのは、スキルを記述した文書は、見る人によって結構自分勝手な解釈を許してしまうと言うことです。スキルを表現した文書は、文末が“・・・できる。”という表現になりやすいのですが、この“できる”が曲者です。何かを“できるかどうか”は、実際にやり遂げた経験がない人でも“できる”と思い込んでいれば、自分はこの人物像に当てはまると感じてしまいます。そうすると、いくら上司の目から見て、まだまだこの人物像には遠く及ばないと思う社員でも、上司の助言に耳を貸さなくなってしまいます。
もちろん、技術職の人物像をイメージする上でスキルは重要な要素ではあるのですが、どうやらスキルを真っ先に定義するのは、あまり良いやり方ではなさそうです。白状してしまうと、実は私も、このやり方で一度失敗しています。
それでは、人物像を表現する上で、一体何から始めると良いのでしょうか。と書いたところで、一回目の終わりになってしまいました。
次回以降は、更に踏み込んで、人材育成についてお話を進めていきますので、今後ともお付き合いの程、よろしくお願いいたします。