能登原
おそらく平鍋さんの中で「見える化」の話とコミュニティは、どこかでつながりを持っているのではないかと思います。誰か他の人に伝えるために「見える化」が必要なわけですから。
平鍋
多分、個々の「もの」自体に価値があるというよりも、実は、物と物との関連、人と人との関連、それらの関連ひとつひとつに価値があるのではないかという気づきがあったんですね。いわばシステム的な価値、関係的な価値というものがあると。
能登原
関係性の重要さということですか。
平鍋
そうです。例えば人間も、個人で閉じている限りはそれだけの限定された価値でしかないのだけれど、個人と個人が結びつくことによって実用的な価値が格段に広がったり強くなる感覚があります。ネットワークとかソーシャルな意味で価値が高まる。それは目には見えないけれど、とても重要なことではないかと考えるんです。
例えば、プロジェクトのメンバーを決める時に、過去に同じプロジェクトに参加していた二人を持ち込むと、実はそこに強い関係性が生まれたりする。ある場面を共有しているから、新しいプロジェクトでも最初から大体相手の考えていることがわかって呼吸が合うし、過去に苦労をともにした連帯感もある。そのような作用をうまく取り入れていくことでコミュニケーションの効率が非常によくなる。それは、その二人の関係が持っている価値なんです。Aさんが持っている価値、Bさんが持っている価値じゃなくて、AさんとBさんが過去に交流を持ったことによって、その「関係」が持っている価値。その価値はとても大きいものではないかと思っています。
能登原
僕も同じようなことをよく考えるんですが、実は仏教の「空」という概念もそれに近いところがあるんですよ。物体、あるいは人間もそのままでは価値がなくて、それらの関係性や、そこで起こった事象のほうが価値を持つ。ものには何も価値がないというのをひとことで言っているのが「空」なんです。ブッダはそこに着目したんですね。
平鍋
そのお話は、僕の中でつながるところがありますね。僕は「空」の概念については知らなかったんですけど、物理学の世界では、物体から場というものに着目するようになってきて、場の論理が20世紀物理学の大きな発展につながっている。
それと同じで、ファシリテーションって人の関係に着目した場作りだと思うんですよ。先ほど触れたような、価値ある関係を共有できる場をどう作っていくかということだと思います。
能登原
平鍋さんはファシリテーションにずっと関心を持たれているんですね。何かきっかけがあったのですか?
平鍋
ファシリテータという言葉自体が流行でもありましたし、ファシリテータ関係の本は、日本の本も洋書もけっこう読んだんです。それからXPやアジャイル関係の本には、ファシリテーション戦略についてかなり書かれていて、そこには机の配置やホワイトボードの活用などについて、今、僕の考える基礎的なファシリテーションの部分も含んでいたんです。
それと、2001年にPLOP(Pattern Language of Programming)という世界的なパターンライティングの会、MensorePLoP2001が沖縄であったんです。みんなでパターンを発表しあって、よりよいものにしていこうという会で、僕も参加したんですが、そのときにファシリテータ専門の方がひとりいたんです。その方は技術的なことは一切口出しせずに、セッションが円滑に進むように、進行だけでなく会場の雰囲気づくりに専念していました。
その人の進行でゲームもしましたね。体を使ったゲームをすることで参加者同士の信頼関係を作っているんです。夜はみんなと会場の近くの砂浜に出て輪になってすわり、沖縄の星の下でパターンと自分の人生について考えてみようか、という感じになるわけです。
ファシリテータが技術的な議論の中身には全然タッチせずに進行をしながら、参加者同士の信頼関係を醸成していく。人と人との信頼関係を重視しているのが大変印象的でした。
能登原
なるほど。平鍋さんはその印象というか、体験的なものからファシリテーション、ファシリテータというものを考えられているんですね。
ただ、ファシリテーションという言葉は、ちょっとわかりにくいところがあるかもしれません。
平鍋
名前を変えた方がいいでしょうか(笑)。「スタッフ」という言い方もあるかもしれません。プロジェクトスタッフ。しかし、もっと積極的な役割をもっています。プロジェクト・ファシリテーション・サービスとか言ってみてもいるんですが。
能登原
従来の事務局のやっていることに加え、さらにメンバー間の信頼関係ができる場作りを重視しているということですね。
平鍋
そう言ってもいいかもしれません。事務局というのは会議の進行もするし、資料も作るし、かなりの仕事量をきちんとこなしていく。さらに、「あの人の機嫌が悪いようだ。それをどう和ませていこうか」とか、あらゆる面に気を配りながらどうやったらうまく行くか、常に考えながらやっている。なかなか大変な仕事です。事務局には、まちがいなく、ファシリテーションの理解とスキルが必要です。
能登原
でも「事務局」というとなんとなくイメージ的に低く見られがちですよね。本当は事務局に一番、情報とノウハウが集まるんですけども。言葉のイメージが固いのかもしれない。そうやって信頼関係とか、何でも語り合える場作りとか、かなり企画力も雰囲気を読むセンスも必要とされる感じが薄くなってしまうかな。
平鍋
やはりファシリテータのほうがいいですね。プロジェクト・ファシリテーション。この名前で押して行きたいと思います(笑)。
能登原
今回「第4回オブジェクト指向実践者の集い」の講演資料を拝見して一番感動したのは、非常にわかりやすかったことです。本当に実践的ですよね。
「ペアボード」や「マインドマップ」や、その他見える化のための様々な仕掛けの実例が、「これなら見える」「これなら情報を共有できる」と思わせる。多分システム設計を知らない人間でも、自分のかかわっているプロジェクトに引き寄せて「うん、なるほど」とわかるんじゃないでしょうか。チームで仕事をする人にだったら、共感できるところ、目を開かされる部分がたくさんあります。
平鍋
それが狙いなんですよ(笑)。普通の人にもわかるようにしたいんです。
能登原
そういえば、平鍋さんの書かれているブログ「An Agile Way(アジャイルに行こう!)」に、アジャイルをオヤジ語で言うとPDCAになる、という話がありましたよね。「アジャイルでやりましょう」と言って理解されない場合には「PDCAをきちんと回したいんです」というと、すんなり理解されるし、「君も大人になったね」とほめられるという話が(笑)。ちゃんとオヤジ語にも翻訳できる。さらにトヨタの生産方式を英語で学ぶ本もお読みになっているし。コミュニケーションについて、そういう柔軟さと粘り強さがおありなのがすごいと思うんです。
平鍋
いやいや、僕なんてまだまだと思います。たとえば今お話に出たトヨタの生産システムについてですが、粘り強さという点でも、それはもうすごいです。
トヨタ生産方式についていろいろな方が書かれた本を読んだり、実際にその中にお邪魔してみて思うのは、すごいシンプルなんだけど、それを実行するのは難しいということなんです。もちろんあれだけの企業ですから実行できる人はたくさんいるでしょう。でもそれを上から下まで全体に徹底するのは並大抵のことではないんです。
多分トヨタの一部署だけだったら難なくできるんだけど、本当にこの生産システムの効果を出そうとすると、系列全体で全部の人に実行してもらわないと効果が上がらない。だからそれがトヨタの生産システムのひとつのポイントであり難しさかなと思うんですよ。これをやるんだったら、そのシステムの中にいる人全員がやる。そして、それに向けての教育から思想の伝達までが含まれたシステム。
能登原
なるほど。そして平鍋さんはトヨタの生産システムとアジャイルには共通する点が多いと、ブログにも書いていらっしゃる。
平鍋
そうなんです。だから逆に言うとトヨタがすごいのは、昭和20年、1945年からこの生産方式をずっと実行し続けているということなんです。だからこそ効果が出ているので、多分こういう環境を作り上げようとすると、延々と「カイゼン」をやるしかないんですよ。もう粘り強くやるしかない(笑)。
能登原
それは単なる押し付けではできませんね。
平鍋
ええ。要するに、トヨタの生産システムの根本にあるのは、働いているほうも大量生産のラインに乗っているだけでは工夫なんて生まれませんよね、と。それならこういうふうにやるとモチベーションが上がって楽しいし、結果として車も安く生産できて、利益も出るんだよ、ということをみんなにちょっとずつ教えて納得してもらい、長い時間をかけて広げていったんだと思うんです。
能登原
みんなでいいことをやろうと。
平鍋
そういう意味ではアジャイルとまったく同じ発想かもしれませんね。
能登原
自動車業界はソフトウェア業界をはるかに超えて進化している業界なんですよね。だからIT業界も平鍋さんのような方にファシリテーションをしていただいて、そこで働く人たちがモチベーションを持ち、みんながハッピーになって行きたいですよね。この業界もやっぱり、成長して「いい状態」になってほしい。
平鍋
自動車も、フォードが大量生産の画一的な生産方式を始めましたよね。その方式では少量多品種は造れないから、そのアンチテーゼとしてフェラーリが生まれたのと同じように、ソフトウェアもバーンとみんなで作っていたのが、ちょっとこれじゃ面白くないよね、というところに来ているんじゃないかと思うんです。そして、現在のソフトウェアの問題、例えば少なくない割合のプロジェクトがデスマーチに突入したりする問題を解決する答えがあるとすると、そのスイートスポットは、テクノロジーじゃないんですよ。ただし、マネジメントだ、と言ってしまうとちょっと大きすぎる感じ。個人個人の尊重を基本とする協調の場作り、すなわちプロジェクトファシリテーション、が一番近いというふうに思っています。
能登原
だいぶ平鍋さんの問題意識がわかってきました(笑)。
平鍋さんはこれだけの情報発信をしながら、福井に足場を構えているというのがいいですね。
平鍋
先ほども言いましたが、この仕事はどこでもできるんです。
能登原
でも、地元に帰りたいと思っていても、それを実行する人はそれほど多くないでしょう。やはり平鍋さんは今後も福井にこだわっていかれるんですか。
平鍋
ええ、生まれたところですし、会社も福井にありますから。
でも、弊社の場合もそうですが、システム開発のマーケットが今、東京にあるということは間違いないんです。ただ、僕の見るところでは優秀な人材は東京にも地方にも同じ密度で存在する。優秀な人材は地方にもいて、市場は東京にある。だったらそれを結べばいいわけです。僕は今、それをやっているわけなんですよ。
能登原
富山にはインテックさんがありますし、北陸のソフト会社といえば、面白い会社ががんばっているという印象があります。何かそういう風土があるんでしょうか。職人的に高度な技術を指向するような。
平鍋
北陸は雪深いしですしね、基本的に人間は辛抱強いし真面目です。あ、これはとっても大事なことかもしれません。繰り返しますが、北陸の人は「まじめ」で「辛抱強い」です(笑)。
福井県で日本一の生産を誇るもの、といえばまず眼鏡、それから芝、回転寿司のベルトコンベアです。
能登原
面白いところですね。