私は、かれこれ20年近く、コンサルタントの道を歩いて来ました。私のITビジネスでのスタートは、プログラマからでした。最初に任された大きな仕事は、銀行の海外店システムの拠点展開と保守拡張です。3年近く同じシステムをじっくり取り組むことが出来たのは幸せなことです。開発・保守を東京で行い。利用場所は、ロンドン、ニューヨーク、シンガポールなどの複数の海外拠点です。拠点ごとにコアシステムに対して、固有の部分があります。また、当局当て報告は、代表的な個別機能です。さらに本店には、各拠点での取引情報を集計分類する為のデータウェアハウスを構築しました。
このプロジェクトを通じて学んだことは、品質、標準化の重要性、効率的な保守運営の方法また、良いシステム設計とそうではないシステム設計の違いをグローバルなシステムと長く付き合うことで身に付けることが出来たと思います。良い設計は、保守や改良を楽にします。また、システムのライフサイクルも長くなります。私の携わったシステムのいくつかは、10年以上もの間運用されているだけではなくいまだに20年近く経った今でも設計の詳細を記憶できています。この仕事を皮切りにメーカー、流通業など業種を問わずいろいろなプロジェクトを経験してきました。
ところが、80年代中盤に私のSE人生の転機が訪れます。私が働いていた会社は、80年代に大きく成長していました。ちょうど150人程度の事業規模になった頃、私は企画部門へ転籍になり、会社のためになるならば何でもチャレンジできる立場になりました。新規性のある材料を研究し事業化する全てをやれる仕事です。様々な新技術の候補の中で興味を引かれたものは、統合化されたシステム開発方法論でした。世界中で提案されている方法論を調べ上げて社内に導入する方法論を開発することです。国産メーカー、外資系メーカーが、所有する方法論、海外のコンサルティング会社が、所有する方法論を導入・適用するあらゆることを自由に行えるのです。
最終的には、英国BIS社が、所有するMODUSというモデルベース開発手法を現地へ出向して学び、日本で、利用可能な形にトレーニングマニュアルとともに翻訳し持ち帰ることになりました。この方法論は、現在常識化しているDOAやオブジェクト指向を基盤としたモデルベース開発方法論の骨格を成すものです。この方法論を持ち帰り、実際のプロジェクトへ何度も適応させることを通して筋道の通ったプロジェクトのシナリオが、いかに重要で成功確率を高めるのかを学ぶことが出来たと考えております。
80年代から90年代初頭の英国の体系化された方法論(メソドロジー)は、特に分析手法やデータベース設計の分野とプロジェクトマネジメントの分野で優れていました。これらの方法論に基づいて様々な開発ツールが、提案され開発したベンチャーは、次々と米国をはじめとするグローバルなマーケットへ展開を図って大きな成長企業群を形成していきました。気が付けば、マーケットでメジャーになっている、ツールベンダーの殆どと何らかのつながりがあります。後にジェームスマーチン社のお手伝いをすることになりますが、ジェームスマーチン社もオリジンは、英国で開発されたIE(インフォメーション・エンジニアリング)に基づいてユーザー企業やベンダーを支援して発展し、米国(ワシントン)に本社を移しグローバル企業に発展しています。
私は、これらの技術発展の真中に、振り返ってみれば身を置いていたことになります。偶然的な要素がありますが、方法論との付き合いが、私のコンサルティングスタイルに大きく影響していることは事実です。また、技術を通じて世界中の立派な方にめぐり合えることができました。素直に大変幸せなことであり、今まで出会った人々に大変感謝しております。
<第2回につづく>